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共生世界  作者: 舞平 旭
レイヨとの別れ
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トヒセの逡巡

 湖面は、大きな紺碧の鏡のように穏やかだった。


 トヒセは湖に突き出した壊れた船着場を先に進むと、靴とニーソックスを脱いで突端に腰かけた。

 足首から下が湖水に沈んだ。緩やかに流れる水が、熱や汗を帯びた足から体温を奪っていく。指間の汗が洗い流される。

 彼女は両手を伸ばしながら、寝っ転がった。午前の青い空が眼前に広がっていた。そして眼をつぶって辺りの音に耳をすませた。湖からの緩やかな水の音、穏やかな風が心地よい。不思議と適応者達の騒音は気にならなかった。


 彼女は右手を見つめた。


「なんで私、渦動師になんかなっちゃったんだろう」


 トヒセは渦動師の家柄ではなかった。彼女が知る限り、親戚には誰もいない。

『口』が開いた時、彼女の両親は大喜びして修技館しゅうぎかんの学費を工面してくれた。かなりキツかったに違いない。


 学校が休みの時、寮から久し振りに帰省すると、両親は少しやつれ顔だった。彼女は、両親が複数の仕事を掛け持ちしながら、寝る間も惜しんで学費を稼いでくれていたことを知った。


 彼女が泣きながら、


「私、修技館をやめる!父さん達にそんなに無理させてまで、別に渦動師なんかになりたくない!」


 と訴えてたが、両親は優しい笑顔を彼女に向けてくれた。


「何を言ってんの。母さん達のことは心配いらないよ」


「そうだぞ。父さんも母さんも、トヒセが渦動師になれるのが嬉しいんだよ。心置きなく勉強しなさい」


 両親の満足げな笑顔を目の当たりにして、トヒセは何も言えなくなってしまった。


 自分はどう見ても渦動師に向いているとは思えなかったが、両親の期待を裏切る訳にもいかず、結局なってしまった。

 本当は『回術師』になりたかったのだが、『口の開いた』共生者で回術師になる者など聞いたことはない。


 トヒセのような性格は渦動師には珍しかった。



 西暦世界でいう医療は、ここでは『回療』と呼ばれている。回療は、大きく『医術』と『回術』に分けられる。回術は共生者に対してアエルの力を利用して治癒させる回療である。アエルのない適応者には使えない。

 かたや医術は、アエルを利用せずに治癒させる回療であり、西暦世界の医療はこちらを指し、内科的医療は『薬術』、外科的治療は『除術』と呼ばれる。

 共生者は主に回術が行われるが、薬術などの医術が行われることもしばしばある。

 しかし適応者には医術しかない。

 適応者の数が少ないことから、専門の医術師は殆ど存在せず、回術師が医術師を兼業している場合が多い。その場合、特に適応者の治療も行う回術師を回療師と呼ぶ場合もある。




「そろそろかな、シンク」


 コウラは隣に立っている副官に振り向いた。


「はい、コウラ様。先程テルネから報告がありました。やはりコウラ様のご推察の通りにヤツは行動しています」


 女は表情を変えずに淡々と話していた。

 茜色の軍服に渦動師の鎧を付けた、背の高い女性である。栗色の髪はかなり長いようだが、丸めてまとめてあった。眼がやや鋭いが、美しい女性だった。

 茜色は房軍のイメージカラーである。森ではかなり目立つが、正規軍は正面戦を信条としていたため問題はない。

 胸の谷間を強調する制服は、彼女の豊満な肉体を繋ぎ止める役目を懸命にこなしているようだった。


「それでは開始しよう。猟りの合図を!」

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