村長との対談
翌日、塩土は一人で菊池に会いにやってきた。
そして菊池は自分の経験してきたことをかいつまんで話した。
「まさか、そんなこと・・・」
塩土は聞き終わると声を失った。こんな戯言には、いつもなら『狂人』とレッテルを貼り、一蹴してしまう所だ。しかしこの男の容姿や真摯な態度は、塩土の感に訴える物がある。レイヨも、お転婆だが嘘を言うような娘ではない。少なくとも、この男が異世界の住人であることは間違いないだろう。
「つまり、あなたは何年も冬眠をしていたと?」
「いいえ、もしかしたら何十年かもしれません。周囲が余りにも変わっていますから」
「とても信じられませんの。そんなに長い間、眠っていたなどと」
「確かそうですよね。うーん、あ、これなんかどうでしょう?」
菊池は遺跡で見つけたマリンタワーの置物を取り出し、老人の前に置いた。
「な、なんですかの、これは?硝子の中に塔が封じ込められとる。・・・なんて精巧なんだ」
「差し上げますよ。これはレーザー加工品のお土産です。僕の時代には、こんな物は二束三文で売ってました」
「これがお土産?二束三文?」
「ええ。僕のいた時代、仮に西暦世界と呼びますが」
「せ、せい・・・?」
「西暦世界では、空を飛ぶ機械や馬よりも早く走る機械、おしゃべりする機械などが普通にありました。この空の上、宇宙にも人は住んでいました」
「宇宙・・・」
塩土は言葉を無くしていた。塩土はかなりリベラルな考え方の持ち主だった。幕多羅のような政治的に不安定な土地で村長をやるには、自分の考えを常に新しいものに変革していく必要があるのだ。幕多羅村長の地位は世襲ではないし、毎年信任投票がなされる。だが塩土は村長になり40年になるが、『どんな状況になっても、村のために最も好ましい道を選び出す』能力に長けていると自負していた。だが、この状況をどうしたら良いのか老人は迷っていた。それにどうしても聞いておく事があった。
「あなたは『English』は知っていますかの?」
老人の割に、『English』の発音は妙にネイティヴぽかった。
「英語ですか?得意ではありませんが、一通り読み書きはできます」
「『catalysis』という言葉は?」
「ええ。触媒作用のことです。化学用語ですが、医学でも使われますから」
「それじゃ、『CMPF』という言葉は?」
「え?なんですか?」
菊池は聞き取ることができず聞き返したが、老人はそれ以上質問はしてこなかった。
塩土は暫くの間、無言で菊池の顔を凝視した。この男は福の神か疫病神か。取り扱い次第では、幕多羅は明日にでも地図から消え去るだろう。だが使い方によっては、神明帝に対抗できる強力な武器になるかもしれない。幕多羅のために、ラシアのために。
「そうですか。いやはや、済みませんの。年甲斐もなく、つい興奮してしまいまして。所でお加減はそんなに悪いのですかの?」
「今のところは大丈夫です。しかし間も無く・・・悪くなると思います」
「そうですか。それはいけませんの。うちの村に良い医術師がいます。すぐに診てもらえるように手配しましょう」
菊池が病気であるということは、共生者ではないだろう。奴らは滅多に病気にはならない。見た所、樹状痕もないようだ。彼の身体を医術師に検査させる必要がある。死んでしまっては元も子もない。エナタに頼もう。奴なら信用できる。
「御不自由な点は御座いませんかの?当方でできますことでしたら、何なりとお申し付け下され」
「いえ、とても助かっています。それより、何か過去の出来事について書かれた書物はないでしょうか?」
「過去の出来事ですか?いえ、残念ながら当方のような小さな集落に、そんなものがあろうはずもありません」
「それでは、あなた方が遺跡と呼ぶ場所から発掘されたものはないのですか?」
「特に何もございませんの。あそこは人が通ってはならない土地なのですが、あの娘はとんだお転婆でして。いささか困っております」
老人はどうしよもないと手振りを交えて答えた。菊池は微笑んだ。確かに納得できる。彼女には手を焼かされた。そして菊池は大切なことを聞き忘れていることに気がついた。
「この村や他の村、特に都で疫病は流行っていませんか?」
「疫病?はて、聴きませんの。どの道、奴らにはどんな疫病も近寄ってはきませんしの。とにかくゆっくりして行って下さい。体力もまだ回復なさってはいないと聞いています。何もない村ですが、山のものはどこにも負けません」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて。それと、私は感染症です。もしかしたらレイヨさんに感染してしまったかもしれません。可能でしたら、彼女を3日間隔離して下さい。それと、私に会う人数は極力減らして下さい」
「わかりました。お望みの通りにいたしましょう」
老人はゆったりと立ち上がると菊池の家を出ていった。
表に出ると、老人はボソボソと独り言を呟いた。
「よく見張っておけ」
そしてどこからとも無く、
「はい」
という声が聞こえた。それはまるで風が運んで来たような微かな声だった。




