ダクト
格子を外すと、フィルターと換気装置は押すだけで簡単に外す事ができた。その先には下に向かう縦穴が、真っ黒な口を空けていた。縦穴は先程の横穴に比べて広く作られていた。
「それじゃ私から行くね」
彼女は臆する事も無く、器用に手足と背中で壁を突っ張りながら、ゆっくりと降りていった。高さは1階分なので大した距離ではない。
「あれ、タカヨシ、行き止まりだよ!」
「え?そんなはずないだろ?横に行く道ないかな?」
薄暗くてよく見えないが、彼女は壁のあちこちを調べてくれたようで、暫くしてから返事があった。
「やっぱり、どこにも行けないよ。幾つか小さな穴はあるけど、みんな床下に向かってるみたい」
「ええ?そんなはずは・・・」
菊池は考えた。
確かに建物図はエアーダクトにズレがあった。あれはなんだったんだ?
「ねえ、どうするのよー」
下からレイヨの少し苛立った声が響いたが、彼は気にせずに考え続けた。
ここは、何だ?
そうだ、ウェット・スリープ室は『BSL-4』バイオセーフティーレベル4という最も厳しい隔離施設なんだ。だったら、換気システムは独立しているに違いない。すると、建物図は・・・。
「そうか、空調システムのダクトが並列しているんだ!」
そして彼は縦穴にいるレイヨに声をかけた。
「レイヨ!壁の何処かに出っ張りはないか!」
「えー?出っ張り?」
彼女は周囲を調べ始めた。
「あ、あるよ。ほら、ここ!」
菊池は行き止まりの縦穴に降りて行った。本来ならレイヨを出してから一人で作業したかったが、横穴は狭すぎて入れ代わることは出来ない。足を突っ張りながら降りて行くと、途中に四角に窪んだ場所があった。ここだ。多分メンテナンス用の開口部だ。ボルトでしっかり固定され、こちら側から開ける術はない。だが、ダクトの材質は薄い。なんとかなるかもしれない。彼は片足で壁を突っ張りながら、思いっきり開口部を蹴りつけた。
「きゃあ!な、何?」
下から悲鳴が上がったが、気にせず蹴り続けた。4~5回で開口部はアッサリと弾け飛び、足は隣のダクトの壁をも凹ませた。
「やった!空いた!」
菊池は穴から頭を出して外を伺った。外は真っ暗で、狭い空間だった。目の前にこちらと同じダクトが下に向って走っていた。
「ここから隣のダクトに行けるよ。先に行くから、後から来て」
下のレイヨに説明すると、彼は開口部の縁を掴むと足から移動した。
「うわぁ!」
こちら側のダクトの壁は滑りやすかったため、彼は足を滑らせてしまい、そのままダクトを真下に落ちていった。
「くそ!」
彼は懸命に身体を踏ん張った。肘や裸足の足底に摩擦熱を感じた。そして彼はなんとかダクトの途中で留まることができた。
「危ねー」
彼は溜息を一つつくと汗を拭った。下手をすれば、下のダクトを破壊して階下に落下する所だった。天井から落ちたら無事には済まないだろう。
「タカヨシ、大丈夫?」
上から彼女が心配そうに声をかけてきた。
「なんとか大丈夫。こっちに来れる?」
「うん!へっちゃら!」
「いいかい、ユックリこっちに移るんだ。滑りやすいから気をつけて。落ちても、僕が下で支えて上げるから心配しなくていいよ。できるかい?」
「うん。でも、絶対に上を見ちゃダメだよ」
「わかってるよ。どうせ真っ暗だから何も見えないだろ?」
菊池は緊張を削がれた気がした。変わった女の子だな。命の危機に瀕してもパンツの心配か。彼はクスリと笑った。その時、大きな悲鳴と共にレイヨが彼の上に落ちてきた。
「ぐわ!」
そして、結果は菊池の恐れた通りとなった。二人はそのままダクトを滑降し、下の壁を突き破って階下に落ちていった。菊池を下にして二人は部屋の机の上に落下した。机のPCなどを押しつぶし、轟音が辺りに響いた。
「ぐがっ」
菊池は呻いた。背中を強打し息ができなかった。
彼の上にまたがっていた彼女は、動かなくなった彼を見ると、襟をつかんで揺すり始めた。
「きゃー!タカヨシ、大丈夫?死んじゃイヤー、タカヨシ!」
「だ、大丈夫だから、や、やめて」
彼女は菊池を抱きしめて泣いた。
「奇跡だ・・・」
幸い、落下は大した外傷には至らなかった。ダクトの壁が接合部から外れ、その上に落ちたためクッションの役割をしてくれたようだ。また床ではなく机の上に落下したのも幸運だった。しかしこのままではこの娘に殺されるのではないかと、菊池は泣きながら自分を抱きしめているレイヨを見て思っていた。




