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共生世界  作者: 舞平 旭
冒涜的手術
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無麻酔手術

仮面の男は獣を担ぐと、隣のベッドにうつ伏せに寝かせた。


「それでは、左下肢の剃毛と消毒をしてください。それが終わったら手袋をして、その布をかけて清潔な場所の作成をお願いします」


シコーは手術の準備をし、少年の腕の状態を確認しながら男の様子を見ていたが、男は手際よく作業をこなしていた。男が回術を学んでいることは明らかだった。

そしてシコーはメスを取り、まじまじと獣を観察した。頭は首ごと無くなっており、両肩と前腕も大きく削り取られていた。多分渦動波が当たったのだろう。全身の不自然な筋肉の隆起と針金の様な体毛が、獣を体格以上に巨大で異質に見せていたが、骨格は人のそれと大差はないようだ。体毛でよく見えないが、明らかな死斑は見られなかった。左手の指先は鋭く伸びて鉤爪のようだが、右手には手首から鎌が1本生えているだけで、途中から折れていた。

鉤爪の様に見えるものの大部分は指先が硬化変形したもののようだ。外観からは、この獣は人間ととても近しい生物に見えるが、果たして内部はどうだろうか。


「それでは、後脛骨動脈を切除します」


彼は獣の左下腿を縦に大きく切開した。勢いは弱いが出血してきた。死亡してから時間が経っているはずなのに、驚きだった。皮膚を切り、脂肪層を鈍的に剥離していくと赤桃色の筋肉が見えてきた。仮面の男に筋鉤で傷を開かせて術野を広げさせた。筋肉の位置もほぼ人のそれと同様で、シコーは徐々に獣を相手に手術をしていることを忘れ始めていた。筋肉層を鉗子で引き剥がしていくと、太い血管が見え始めた。


「あった。後脛骨動脈だ」


ピンクでみずみずしい血管は、心臓が止まっているのに脈打っているような錯覚を覚えた。いや、不規則に弱くだか、ピクピクと動脈が動いている。彼は獣が今にでも動き出すのではないかと不安に感じ、獣の上半身を見た。しかし頭がないのだ。動くはずはなかった。シコーは気を取り直して、動脈を切断しようと剪刀を取った。


「君、動脈の切断はしっかりと結紮してからやりなさい」


と筋鉤を持ちながら仮面の男が忠告した。シコーは忠告に従い、しっかりと動脈の枝を結紮をしてから6センチほど動脈を切り取った。切断箇所からは血液がサラサラと流れ出した。死亡してからかなり時間が経っていそうだが、まだ血液が凝固していないとは驚くべきことだ。男の言う通りに結紮してなければ、大出血していたかもしれなかった。血液が凝固していなければ死斑も出にくいだろう。仮面の男の言った、『まだ生きている』という言葉は誇張ではなかったのだ。


摘出した動脈片を急いで生理食塩水で洗浄し、穴が空いていないことを確認すると、少年の血管に合うように断片を整えた。今回は端々吻合をする。つまり、損傷部の血管を取り除き、その場所に獣の血管を縫い付けるのだ。血管どうしの内径がやや異なるが、なんとかなりそうだ。



準備が終わった後、シコーは少年に言った。


「気分はどう?」


「最悪です」


「ははは。そうか」


しかしシコーは笑ってはいなかった。


「これから血管の移植手術をやる。普通は麻酔で寝かせてからやるんだけど、君は出血がひどくて血圧が低いから、麻酔が使えない。かなり痛いと思うが、頑張れるかい?」


少年はゆっくり、しかし力強く頷いた。シコーは少年の意志の強さに驚愕した。そして、まるで自分がこの少年に操られているような気がしていた。



シコーは少年に再び木の棒を咥えさせると、彼の体をベッドに縛り付けた。そしてシコーは手術を開始した。少年は患部に筋鉤を入れて開いた段階で、短く唸った後に意識を失ってしまった。

シコーは少年の動脈を、鉗子で挟んだ所で切断し、獣の動脈をそこに縫い付けた。言葉で書くと容易だが、動脈径も異なり、少年レシピエントはショック状態からは脱してはいたが、かなり失血している。さらに異種移植である。とてつもなく困難な手術だが、シコーは淡々とこなしていった。


外、内、内、外


と丁寧だが早い血管縫合が行われた。針はシコーの特別製だった。削り出しと焼きに1月かかった自信作で、糸も緑蛾のまゆから採った糸を3本だけ結ったものだ。とても強度があり、傷の着きもいい。この糸を作れる人物は少なく、シコーは毛の国まで定期的に購入に行っていた。



血管縫合が終わると、彼は動脈の鉗子を外した。上下2本の鉗子が外れると、移植した動脈はぶるりっと身をよじるような挙動を示した後、脈打ち始めた。縫合部から僅に出血したが、指で圧迫するだけで止血することができた。そして少年の腕がみるみると血色を回復し始めた。


その後も丁寧に筋肉、神経などをつなぎ合わせ、最後にドレーンチューブを入れて皮膚の縫合を行った。皮膚はかなりえぐられていたため、大きく切り取る必要があったが、ギリギリ患部を覆うことができた。だが、かなり痕は残るだろう。少し引きつりが残るかもしれない。

最後に輸液のルートから『青の抗生剤』を投与し、生理食塩水の点滴を追加した。


「終わった!」


とにかく終わった。

この後も村人に頼んで輸血用の血液の提供者を集めて早急に輸血をする必要があるし、拒絶反応の観察、感染症や急性腎障害などの臓器損傷、腕の感覚障害、移植片の吸収など問題は多々あったが、とにかく終わった。


疲れた。

ああ、看護師が欲しい。

クナハ・・・


シコーは床に倒れてしまった。

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