見事な腕前
シコーが鉗子で更に3箇所を挟むと、出血はかなり減少してきた。彼は傷口の消毒をすると、マスクと手袋を付け、清潔な布で術野を作成した。筋鉤を使って傷口を押し広げると、患部の状態を奥まで観察できた。
ピンクの太い血管に鉗子がかかっており、ピクピクと蠢いている。動脈だ。鉗子のかかっている直ぐ下の動脈壁が大きく切り裂かれていた。シコーが鉗子を動脈の傷の上下にしっかりかけ直すと、出血をほぼ止めることができた。これで少しの間は大丈夫だが、このまま動脈を阻血したままにもしておけない。適応者の少年にとって、この傷は命取りになりかねなかった。
血管損傷の治療は、損傷部位を切り取り、残った部分をつなぎ合わせる場合が多いが、少年の傷は範囲が広く、その部分を切り取ってしまうと長さが不足するのは明らかだった。血管を移植するしかない。通常は自身の大腿静脈を使って不足分を埋める自家移植が行われるが、出血性ショックを起こしており、輸血ができず、医師が一人しかいないこの状況ではリスクが高すぎる。せめて輸血ができればいいのだが、彼には輸血を確保する時間はなかった。
シコーは創部の傷ついた静脈や細い動脈を、止血のために結紮しながら策を練っていた。彼の手は機械的な作業をこなしていただけだが、結紮のスピードがかなり早く、かつ正確だった。
「うむ」
傍から見ていた仮面の男は驚きの声を上げた。少年が失神したため、仮面の男は少年から手を離していた。
「噂には聞いていたが、見事な腕前だな」
「ありがとうございます。ですが」
シコーは術野から眼をあげずに、処置を続けながら答えた。しかしシコーが全てを言い終える前に、仮面の男が話を引き取った。
「血管の自家移植が必要か。他人の血管は拒絶反応で使えないからな。だがここの設備では、この患者の自家移植は難しかろう」
「はい。下手にやると患者を殺しかねません。やはり左腕は切除した方がいいでしょう。死ぬぐらいなら腕がない方がまだ良いのではないでしょうか。片腕でも十分生きていけます」
切断を前提にするのならば、止血さえしっかりしておけば時間が稼げる。当然腕は長期の阻血により腐ってくるだろうが、腐敗が進行する前に切断すれば大丈夫だ。村民から献血を募り、輸血可能かチェックし、輸血をして血圧を上げてから全身麻酔をかければいい。
「いいや、それは困る。この少年は特別だ。この才能をこんな所で潰してしまう訳にはいかない」
仮面の男は布で少年の額の汗を優しく拭いながら言った。
「回術はどうでしょうか?医術では限界です」
シコー術野から眼を離すと仮面の男を見つめた。結紮による止血はほぼ終わっていた。しかし男は首を横に振った。
「君もこの少年が適応者なのは解るだろう?我々の力はアエルがないと無力なのだよ。だからここに連れてきたのだ。それに、もし上手くいって一時的に改善したとしても、結果は同じことだ」
「同じこと?何故ですか?」
仮面の男はその質問には答えずに続けた。
「回術は使えないが、方法がない訳ではない。君は患者の命を助けるためなら、どんなことでも厭わないか?」
シコーにはこの男の声に聞き覚えがある気がしたが、仮面でくぐもった声色ではよく分からなかった。
それよりも、男の言葉がシコーの心に引っかかっていた。
「はい。他人の迷惑にならず、この患者を助けられるなら」
シコーは仮面の男の眼を正面から見て答えた。男は眼を逸らすと、女の方に向き直った。
「シンク、外に出ていてくれ」
シンクと呼ばれた女渦動師は、不貞腐れた顔をしながらシコーをにらみつけると、扉から出て行った。
それから仮面の男はおそるべき提案をしてきた。
それはシコーには悪魔の所業に感じた。




