表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
共生世界  作者: 舞平 旭
冒涜的手術
38/179

応急処置

シコーは手術道具の準備を始めた。彼の医術所には彼しかいないので、全てを一人でやらなければならなかった。以前は看護師がいたが、今はもういない。


「いつ頃に受傷したんですか?」


「30分程前だ」


少年の傷口を圧迫しながら、男の方が答えた。男は革製の仮面を付けていたため、表情が分からない。声もこもって聞こえるため抑揚の変化も掴みづらかった。


「応急処置はしたが、上腕動脈が損傷しているらしく、止血できない」


男の言葉は専門的で、シコーは思わず男を振り向いた。


「回術師ですか?」


しかし男は少年を見つめたままで、シコーの質問は無視した。


「この先の森でイザコザがあり、巻き込まれてしまった」


「森で?何でこんな怪我をしたんですか?森主ですか?」


男は一瞬考えた後、一緒に来た女に目配せをすると、女は外に出て行った。間も無く、彼女は大きな熊のような動物の死体を引きずりながらやってきて、それを床に放り投げた。流石に重かったようで、女は肩で息をしていた。


「墮人鬼・・・」


シコーは昔、こいつに殺されかけたことがあった。また、助けたことも・・・。つくづく自分と因縁のある化物だ。


「こいつの爪で切り裂かれた」


女は唾を吐くように話していた。栗色の長髪をアップにした、背の高い美しい女性だったが、言葉や動作に粗野な感じがした。鎧から露わになっている右肩の樹状痕はかなり発達している。若いがかなりの渦動師なのだろう。



シコーは再び少年のバイタルを確認した。血圧は相変わらず低いが、輸液の効果で心臓の拍動は少ししっかりしてきていた。

次に彼は処置の邪魔になる少年の上衣を剪刀はさみで切り裂いていっが、服の下から現れた胸部を見て、彼の手は一瞬動きを止めてしまった。胸の真ん中には大きな縦の傷があった。傷は周囲の皮膚を巻き込んでかなり引きつっており、ピンク色にのたうっていた。まるで大きな虫が胸にへばりついているようだった。

この時シコーは気がつかなかったが、この傷痕は10年以上前にシコーが係わった手術の痕だった。傷痕がその後の感染症の影響でかなり変形していたことと、イワレがまだ小さかった頃の手術だったため、彼の記憶に結びつかなかったのだ。


シコーは清潔な布を少年の体にかけると仮面の男に圧迫をやめさせ、包帯を外し始めた。包帯は血液を吸ってかなり重くなっていた。包帯を取り除き、傷口を覆っていたガーゼを取ると、患部が露わになった。

傷口は上腕を斜めに5〜6センチほど切り裂いており、皮膚がめくれ上がって下の黄色の脂肪組織や筋肉がのぞていた。そしてすぐに真っ赤な血液がダラダラと流れ始めた。深さは骨まで達しているようだ。シコーはガーゼで患部を再び覆うと、患部を強く圧迫し直した。やはり動脈が破れている。このままでは出血多量で死んでしまう。手術するしかない。しかし麻酔は血圧を落とすので使えない。局所麻酔だけでは痛みの管理は難しいだろう。痛みのためにショック死する可能性も否定できなかった。しかしまずは止血しなければ。シコーは用意しておいた手術道具から鉗子かんしと木の棒を取り出した。


「舌を噛まないように、これを噛ませて下さい。そして体を抑えて!」


そういうと、彼は木の棒を仮面の男に渡して少年の口に差し込ませた。そして血液を十分吸ったガーゼを外すと、白い粉を大量に振りかけた。彼が持っている唯一の局所麻酔である。白い粉は一瞬で血液に洗い流されていった。シコーは鉗子を傷口深くに突っ込むと、出血源らしき所を大雑把に挟んだ。


「ぐあ!」


少年はいきなり眼を見開くと、叫び声をあげ、身体を持ち上げようとし始めたため、仮面の男が少年を押さえ込んだ。少年は口に加えた木の棒をギリギリと噛み、口角からは泡を吹き出した。シコーが2本目の鉗子で傷口を挟むと、少年の体は突然ガクッと震えだし、意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ