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共生世界  作者: 舞平 旭
西暦世界
33/179

銷魂の年が明けて

 銷魂しょうこんの年が明けて、絶望の年を迎えた。


 沙耶の発症から4週間が経過していた。


 CDCは報道官のコメントで、感染の封じ込めに失敗したことを報告した。

 致死率の高い病原体を扱うBSL(biosafety level)-4施設(最高度危険ウイルス実験施設)は、21世紀初頭には40を超える施設数を誇っていた。そして2014年以降のエボラウィルスのアウトブレークでピークに達した。


 しかしその後は徐々に減少していき、2030年には世界中で、米国に2つ(アメリカ疾病対策センター:CDC、アメリカ陸軍感染症医学研究所:USAMRIID)、英国の健康保護局感染症センター、ドイツのベルンハルト・ノホト熱帯医学研究所とロベルト・コッホ研究所、ロシアの国立ウイルス学・生物工学研究センター、パスツール研究所、日本の東京感染症研究所(*)、理科学研究所筑波研究所、西九州大学(*)の10個所存在していたが、予算削減や住民の反対運動などの影響でBSL-3以下となり、事実上、この時活動できたのはCDCのみだった(*は架空の施設である)。


 ジョージア州アトランタのエモリー大学構内にあるCDCは、数千人の科学者が病原体の研究を続けている。第二次大戦中にマラリア予防を目的に設立されて以来、あらゆる種類の病原体を観察してきた。

 しかしCDCの施設も、リーマンショック以降、北朝鮮紛争、米国のデフォルト(債務不履行)、中国の経済破綻と内戦、日本国債神話崩壊など世界恐慌の影響から脱せず、資金不足による老朽化や人員削減からまともに機能していなかった。


 そこに今回のアウトブレークだった。発生地はインドとも中国とも言われるが、ウィルスが感染後すぐに宿主を殺すのではなく、感冒様症状から一度軽快し、1週間程度の潜伏期間を経てAELとして発症するために、ウィルス感染であると判明してからの押さえ込みは破綻してしまった。


 14世紀に猛威を振るったペストは、全世界で8500万人、ヨーロッパでは人口の3分の2にあたる3000万人を死に至らしめたと推定されている。1918年から1919年に大流行したスペイン風邪は、人類が初めて体験したインフルエンザのアウトブレイクであるが、感染者は(諸説あるが)実に全世界の人口の3割に当たるで6億人、死者は4000~5000万人と言われ、第一次世界大戦の終結を早めたとされる。


 飛沫感染が確認されたAELウィルスは、大量短時間移送の現代においてペストを凌ぐ被害が想定されていた。社会活動をする限り、常に感染の可能性を内包していることになり、中国やロシアには戒厳令が発布された。特に中国は内戦終結宣言をしてからまだ間がなく、この機会に紛争が再燃するのを恐れていたのだ。


 日本では、厚生労働省の動きは鈍かった。パンデミック警戒期を宣言し、国民への外出自粛、空港閉鎖などを行った時点で既に遅きを逸していた。すでにパンデミック期に入っていたのである。


 今日の段階で、全世界での発症者は2万人を超え、感染者は200万人以上と考えられている。日本でも125名の発症が報告された。インドや中国から生存者の報告がなされることもあったが、信憑性に乏しく、依然死亡率は100%とされ、生存期間は3から6ヶ月だった。各種抗ウィルス薬が投与されたが効果なく、ワクチン開発は難航しており、治療法はいまだに存在しなかった。

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