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共生世界  作者: 舞平 旭
西暦世界
32/179

致死率100%

 厚生労働省が注意勧告を出した。

 指定感染症にAELウィルス感染症を登録し、全国の医療機関に報告義務を課した。それに伴い、AELウィルスについての情報も国民に広く行き渡るようになった。


 急性好酸球性白血病(acute eosinophilic leukemia)ウィルス


 急性好酸球性白血病は、数年前から中央アジアで報告され始めた疾患である。本年に入り急速にヨーロッパ、中国を中心に感染拡大が始まっていた。当初は風土病と考えられていたが、米国ペンシルバニア大感染症学のリッドマン教授らの研究グループにより、ウィルス感染症であることが証明されて自体は急転回した。

 潜伏期は24~72時間。初期は39度を超える発熱で発症するが、数日で軽快する。そして7~10日の潜伏期間を経て再度発熱が起こる。特に心筋への好酸球浸潤が著しく、3~6ヶ月で心不全で死亡する例が多い。検査は好酸球の1500/μL以上の増加と臨床症状、real-time rt-PCRによる遺伝子検出、血清抗体価測定であるが、抗体が作られない初期はPCR法しかない。だが検査可能な施設はまだ限られていた。感染経路は接触感染と考えられるが、伝播速度から空気感染の可能性も考えられていた。



 沙耶の症状や検査所見がAELウィルス感染症に類似しており、海外渡航歴があることから、担当医は大学病院のICT(感染制御チーム:Infection control team)に報告をした。ICTは担当医に血清抗体測定と遺伝子検出を依頼し、測定が可能な大学病院に検体を送った。結果が出るまではアウトブレイクの観察を開始し、患者の隔離及び集団隔離コホーティングを行うこととし、濃厚接触者のリストアップがなされた。


 菊池もリストに入り、2日間の自宅待機とされた。自宅に戻る前に彼女に面会を希望したが、それも叶わなかった。


 国内で沙耶を含め5人の疑い患者が発生したことは夜のトップニュースとなり、朝刊各紙も一面を飾った。内閣官房長官は急遽コメントを発表し、防疫処置として空港、港湾での水際作戦を開始し、全国12の大学病院に隔離病棟を新設するとした。しかし多くのメディアのコメンテーターは、アウトブレイクの発生を防げるかに疑問視するコメントを出していた。



 翌日、沙耶の感染が確認され、国内最初のAELウィルス感染者の一人となった。


 その日のうちに厚生労働省はAELウィルスは日本でもパンデミック警戒期の状態であることを公表し、政府は関係省庁対策会議を緊急招集したことを公表した。


 菊池は自宅で一人、鬱々(うつうつ)とネットニュースを見ていた。先程、病棟に電話して沙耶の検査結果が陽性だったことを知った。

 海外の報告では、ステロイドや生物学的製剤の効果は限定的で、発症から死亡まで平均3ヶ月であると報道されていた。


 彼の眼には『致死率100%』との文字が映っていた。



 翌日、自宅待機24時間が経過したが何も起きなかった。ネットには、世界各地で感染者が発生していることが報道されていた。


 沙耶の両親から電話があったが、菊池は出ることができなかった。


 早く白黒が着いて欲しい。

 明日になり、発熱がなければ白、あれば黒だ。

 彼はただ時間を無意味に過ごすだけだった。

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