BSL-4
扉には取っ手がなかったが、扉の足元の壁に四角い窪みがあった。彼女はしゃがんで窪みを観察した。窪みは正確には奥が狭くなった台形をしており、下は平坦で何かを乗せるような作りだった。
「きゃ!」
彼女の手が窪みに差し入れられると、シュッと軽快に扉が左右に開いた。中は真っ暗だったが、直ぐにまばゆい灯りが彼女を照らし出した。
「まぶしっ!」
彼女は眼を細めながら手で顔をカバーした。明順応が行われるまで視力は消失して何も見えなかったが、そのまま扉の中に飛び込んだ。扉は開いた時とは異なり、彼女の背後で音もなく閉じた。
眼が慣れてくると、天井全体がうっすらと光っているのがわかった。柔らかな光だが、温かみがなく、どこにも影ができない。
「電灯・・・」
彼女は見たことも無いが、『房の都』にはあると聞いたことがあった。確か、お父さんが都に行った時に話してくれたんだ。
「電気ってのは凄いぞ。壁にある出っ張りを押すと、天井が光るんだよ。もう一度押すと直ぐに消える。何度も付けたり消したりしちゃったよ。あれ、電灯って言うんだろ?眩しいほど光ってるのに熱くないんだ。それに電気で動く乗物とかまであるんだよ」
いつもは冷静なお父さんが、その時は興奮して私とお母さんに話してくれた。お父さんは本当に楽しそうだった。彼女は懐かしそうに天井を見上げていた。
彼女は松明を踏み消すと背囊にしまった。廊下は真っ直ぐ奥まで続いていおり、彼女はゆっくりと進んでいった。床には埃が厚く積もり、彼女が歩む度に埃が舞った。物が床にひっくり返ったりはしていたが、上の階とは異なり、建物の構造物は無傷だった。壁には扉が幾つもあり、ガラス越しに見ることができる部屋の中には机や様々な機械が整然と置かれていた。
「あれ?」
よく見ると埃の積もった床に微かだが足跡が見える。跡は2本で、まだ付けられてからそれほど時間は経っていないようだった。誰かがこの通路を往復したのだ。足のサイズは小さく、彼女には子供の足跡のように感じた。
自分以外にこの遺跡に入った人間がいる。
彼女は足跡を辿って行くことにした。
細長い通路の奥には小さな、と言ってもかなり大きいが、部屋で行き止まった。部屋の扉の上部には、緑のライトが光っており、扉の真ん中には再び赤いマークが、丁度彼女の眼前の高さに描かれていた。下にはやはり英語で何やら書かれていた。
『BSL-3』
「数が増えている・・・」
レイヨには何の数字かはわからなかったが、間違いなく危険が増えていっていることは理解できた。
彼女はフットスイッチで扉を開けると、やや細長い部屋に入った。左右に四角い棚が沢山並んでおり、奥には再び自動扉があった。彼女がゆっくりと歩みを進めると、後ろの扉が静かに閉まった。ここには人の匂いが残っていた。衣服など生活用品が置かれていたからだ。だが彼女は興味を示すこともなく、奥の扉を開けた。開けた途端、部屋の空気が扉に吸い込まれ、風が彼女の金髪を揺らした。思わず眼を細めた。
そこは幅の広い横通路だった。正面にまた扉がある。どうもこの階は、中央の部屋の周囲を通路と他の複数の部屋で囲み、更にそれらの部屋の周囲を更に通路で囲んでいるという三重構造のようだ。そして、この扉が中心の部屋だろう。扉は半ば開いており、扉の側面が見えていたが、恐ろしく頑強な作りになっているのがわかった。この扉にも三角形のマークが真ん中に描かれていた。外の扉よりかなり綺麗に残っていて、一部の文字は判別可能だった。
『BSL-4』
この建物を作った人達は何から身を守ろうとしていたのだろう。内からか、外からか・・・。しかし彼女は迷わなかった。この先に彼女の心を震わせるモノがある。これは確信だった。
彼女は分厚い扉を通り抜けると、細長い小部屋に先に二つ目の扉があり、そこの扉も半ば開いていた。彼女は内扉の隙間から中を覗き込んだ。部屋の中は周囲の廊下に比べて薄暗く、中は見通せなかった。しかし赤や緑の小さな光が幾つも輝き、微かな機械的な音が聞こえていた。彼女はゆっくりと扉の中に入っていった。
「うっ!」
外からはわからなかったが、中は強烈な腐臭が満ち、思わず手で口元を覆った。なんだろう、この臭いは。何か動物が腐っているのだろうか。
奥の方で何かが動く音がした。
「きゃ!」
物音に慌てたレイヨは、足元の何かにつまづいて、うつ伏せに転び、それ《・・》の上に倒れこんだ。彼女は痛めた左肩をしたたか打ち付け、涙が出てきた。
「イタタ」
痛みが少し和らぐと、彼女は自分の胸の下にある何か嫌な感触と強烈な腐臭に気がついた。そして、すぐ傍にある顔を見て叫び声をあげた。
「きゃー!」
彼女の下の人物の窪んだ眼窩をレイヨに向けていた。それは人の死体、それもミイラだった。




