少女の感
「大きな部屋・・・」
部屋の備品の多くは壊れていたが、被害を免れた棚や机も幾つかあった。調度品の多くは金属製で、何百年も前の建物と聞いたが、ネジなど一部を除いてサビは出ていなかった。表面の埃をはらって触ってみた。冷ややかな感触だが、鉄のそれとは明らかに異なり、彼女には見たことがない滑らかな金属だった。
棚の中にはガラス瓶などの残骸が散らばり、中の白い粉が撒き散らされていた。ガラス製品以上に多かった物は、奇妙な半透明の皮の様な袋だった。厚手の皮のような触り心地だが、表面は曇りガラスのようになっていて、中が薄っすら透けて見える。多くは二重に包装してあったようで、乾燥して周囲に結晶がこびりついていた。表面に何か紙のような残骸が少し残り、薄らと文字が見えたが、彼女には読めなかった。針のようなものも多数残っていたが、包装はやはりボロボロだった。
「何かある」
奥に錆びた小さな金属製の円筒の容器が見つかった。振ってみるとまだ中には粘度の高そうな液体が残っている。錆びた金属製の小さな蓋は、彼女が力を入れて開けようとすると、缶の口からもげてしまった。中の匂いを恐る恐る嗅ぐと油のようだ。床に溢して火をつけると大きく燃え上がった。
「やった!油だ」
彼女は手拭いに油を染み込ませると、落ちていた金属製の棒に巻きつけて松明を作った。松明の火に照らされて明るくなった室内を再び観察すると、その崩壊の凄まじさが見て取れた。天井も壁も殆ど崩れていて、中の構造物が露出していた。
「何、あれ?」
少先に大きな穴が開いていた。まるで何かに削り取られた様に、綺麗に直径5~6メートルの円形に天井が切り取られ、床も同心円状に抜けていた。まるでそこにあった大きな球体が、まるまる消滅したようだ。足元の穴から下を覗いたが、真っ暗で何も見えず、ただ生温かい風が吹き上ってくるだけだった。
穴を避けて暗闇を先に進むと、ひしゃげた両開きの扉が幾つも並ぶ場所があり、一つは扉が外れていた。エレベーターであるが、彼女には何だかわからなかった。
「何これ?煙突かな?」
覗き込むと、遥か下に床があるようだった。エレベーターホールの傍には階段室があった。軋む扉をこじ開けると、真っ暗な階段が上下に伸びていた。下り階段は比較的損傷が少なかったが、上り階段は半分瓦礫で潰れていた。彼女は迷わず下に降りた。
遺跡に来てからというもの、レイヨは妙な胸騒ぎがしていた。行かなければならないという使命感に近い感情である。何故そう感じるのかは分からなかったが、昔から彼女はカンの鋭い娘だった。
子供の頃、父が見張り小屋の当番のために出て行こうとした時、妙な胸騒ぎを覚えた。父の身に何か良くないことが起きそうな、嫌な気分だった。父に行かないで欲しいと頼んだが、意に介して貰えない。
そこでレイヨは、父親の目の前で二階から飛び降りた。父は慌てふためき、彼女を抱えて医術師の元に連れて行った。右の足の骨を折り、全治2ヶ月だった。
その晩、見張り小屋は山人の襲撃に遇い、番人は皆殺しにされた。
何かが彼女を待っている。
これは確信だった。