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共生世界  作者: 舞平 旭
西暦世界
27/179

遺跡

 ここ幕多羅まくたらは、古くから『放生ほうじょうの地』と呼ばれる神聖な土地である。

 房の国との『生口せいこうちぎり』によって村は保護され、特に20年前の内戦終了後からは極端な優遇政策がなされており、村民は裕福だった。しかし現村長の塩土シオツチは、村の現状を愁いていた。

 春の種蒔期を終え田植えの準備も終えた。次は祭の準備である。御宮には舞台が組まれ、今年の村若人むらわこうどを讃える会場となる。塩土は、暖かい春の日、汗をかきながら働く男達に声をかけて回った。彼は齢70を超えていたが壮健で、村民に敬仰されていた。


「塩土さま!」


 後ろから声をかけられた。

 ナクラだった。彼は若者達のリーダー的存在で、『神人じんにん』に所属している将来有望な青年である。普段は冷静なナクラだが、今は様子がおかしかった。


「レイヨがいなくなった!レイヨが!どうしたら」


「落ち着け、ナクラ。ゆっくり呼吸を整えて。そう。順序立てて話してみなさい」


 ナクラは右手で自分の胸を押さえ、深呼吸を二度三度繰り返してから再び話し始めた。


「レイヨ達がキノコを摘みに森に入ったんですが、彼女が途中からいなくなったらしいんです。一緒にいったササラ達が帰って来て騒いでいます」


「場所は何処だ?」


「遺跡だと」


「遺跡?なんであんなとこに行ったんだ!」


「あ、あそこはキノコが沢山採れますから。どうしたら?」


 塩土はナクラに急いで人を集めるように命じた。暗くなると厄介だ。あの辺りは魔物が出る。



 レイヨは覚醒した時、激しい頭痛を覚えた。額からは出血していたが、血液は既に凝固して彼女のショートカットの金髪を固めていたため、前髪に触るとバリバリと音がした。

 左腕が動かない。肩がジンジンと疼いた。彼女の白い長袖のブラウスは所々裂け、薄っすらと血液に染まり、白いミニスカートにも付着していた。

 頭上には彼女が落ちた穴が、ポッカリと空いていた。


「あそこから落ちたのか」


 天井の穴まで5メートルはある。そこから僅かに星空が覗いていたので辛うじて『穴』が見て取れたが、彼女の周囲は真っ暗で、何も見えなかった。

 キノコ採りの最中、何かが彼女の『感』に触り、この遺跡を探検したくなったのが運のつきだ。瓦礫になった建物に入り込んで辺りを調べていると、突然床が崩れて墜落したのだった。


「今何時かしら?」


 手探りで、脇に落ちていた自分の背嚢を見つけることができた。中には僅かなキノコと水筒に手拭い、そして火打袋が入っていた。火打袋には、火打金、火打石そして火口ほくちが入っていた。鋼の火打金には木の取っ手が着いており女性にも扱い易くなっている。火打石には燧石すいせきが使われていた。よく勘違いされるが、火打道具で燃焼するのは鋼であり、石ではない。火打石は鋼を削れるだけの硬度があればなんでもよい。火口には綿と消し炭が入っていた。

 彼女は火口をセットし、腕の痛みに耐えながら火を起こした。火がつくと、靴下を脱いでくべた。少し湿った靴下は火の付きが悪かったが、何とか光が生まれ、辺りを照らし出した。落ちていた棒を燃えている靴下に突っ込んで持ち上げてみた。貧弱な靴下の光が周囲を照らした。明りとしては最低だが無いよりはましだった。

 足元には壁や天井の瓦礫や部屋の家具、そして備品らしき物がゴロゴロしていた。彼女は腕を庇いながら、慎重に奥に進んだ。

 ブーツが瓦礫を踏みしめる音だけが、この世で生命の存在を示す唯一の証のようだった。

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