白いワンピース
初夏の公園には沢山の人がいた。とても天気が良く、空はスカイブルーで、高い所には羽根雲が浮かんでいた。
「綺麗な羽根雲ね。あれは巻雲の仲間で、5千とか1万メートルぐらいの一番高い所に出来る雲なのよ」
沙耶は帽子のつばを掴んで日差しを避けながら雲を観察していた。彼女はツバの大きな白い帽子と丈の長い白いワンピースを着て、白いヒールサンダルを履いていた。
「詳しいね。天気予報士にでもなろうとしたの?」
「まさか。でもなんか可愛いじゃない?」
「雲が可愛い?よくわかんないな、僕には」
二人は見つめあって笑いあった。そして公園を散策しながら芝生に入ると、木陰に腰を下ろした。彼は大の字に寝ころがると大きく伸びをした。彼の横に座った沙耶は、足を横に流して両手を後ろについて座った。
「たかちゃん、膝枕してあげようか?」
「いいよ。恥ずかしい」
菊池は彼女に『たかちゃん』と呼ばれるのが初めは嫌だった。だが、注意しても直す気がない彼女に遂には根負けし、彼は何も言わなくなった。そうなると不思議なもので、そう呼ばれることに違和感がなくなっていった。
「ほらほら、恥ずかしがってんじゃないの」
彼女にはイタズラっぽい所があり、今も菊池が恥ずかしがっているのがわかると、強引に膝枕をさせた。彼女の太ももはしなやかで、薄手のワンピースから彼女の温もりが伝わってきた。ともするとギラつく日差しの中で、木々の影が心地よく大気温度を下げてくれる。遠くに子供のはしゃぐ声や鳥の鳴き声が聞こえたが、まるで遠い世界の出来事のように思えた。
「たかちゃんの瞳、変わってるね」
「そうか?」
「うん。なんか緑色っぽい」
「母さんがそうなんだ。余り見ないでくれよ・・・やなんだ、この目」
「そんなことない。とっても魅力的」
陽日を背負った沙耶の顔がゆっくりと菊池の顔に近づいてきた。
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沙耶の実家は横浜近郊にあり、最寄り駅のセンター北駅前で彼女と待ち合わせた。この駅は変わっていて、駅そばのデパートには観覧車がある。駅前広場には狭いながら芝生があり、バス乗り場などの車寄せは別の場所にあるため、人と車が接近しないような作りになっていた。
「たかちゃん!」
沙耶が走ってやってきた。
「ごめん、待った?お母さんと準備してたら遅くなっちゃった」
はあはあと息を切らせている。彼は笑いながら、
「全然。それよりネクタイ曲がってない?」
「うん、大丈夫。いい男よ」
彼女は彼の頬に軽く口づけをすると、彼の指に指を絡めてきた。細くてしなやかな彼女の指はとても暖かかった。
沙耶の家は駅から歩いて5、6分の場所の住宅街にあった。駅から近いのにとても静かで驚いた。沙耶は門を開けて家に入ると、
「菊池さんがきたわよ。どうぞ入って」
と家の中に一声かけ、スリッパを出してくれた。
「お邪魔します」
菊池は緊張で動きがカクカクしていたに違いない。もしかしたら、右手と右足が同時に前に出ていたかもしれない。玄関を入るとリビングがあり、左にキッチンとカウンター、右手にはソファーとテレビがあった。キッチンから母親が出てきて挨拶をしてくれた。ソファーから父親が立ち上がり、そちらに誘ってくれた。菊池は頭をかきながらソファーに向かった。その時、父親が見ていたテレビにニュースが流れたが、彼等の誰も注視はしていなかった。
「本日、WHOは新種の伝染病がパンデミック警戒期に入ったとの宣言を発表しました。この伝染病は・・・」
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誰かが外にいる。助けてくれ!
彼は再び『棺』を叩いた。だが、彼の筋力が低下しているのか、酸素が欠乏してきているのかわからないが、少し叩いただけで疲労はかなり激しくなり、壁を叩くこともままならなくなった。外にいる人間、多分人間だろう、はなにやらやっているようだ。
早く、早く助けてくれ!




