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共生世界  作者: 舞平 旭
脳内世界
22/179

少年と獣

「くくく。これで8人か。枢族のテルネを組み入れるのは大変だったが、正解だったな」


コウラはくぐもった笑いを響かせながら、シンクに話しかけた。


「はい。しかしなぜテルネだけ躰を食らわず、頭を潰したのでしょう?」


彼女は咆哮する堕人鬼から眼をそらさずに答えた。


「ペンダントの護符のおかげだろ」


「ペンダント?」


シンクは顔をしかめて考え込んだ。

コウラは今までの墮人鬼の戦いを観察して満足していた。


思った通りだ。


長かったが、遂にたどり着いた。やらねばならない事はまだまだあるが、少なくとも目鼻はついた。



「コウラさま、あそこに誰かいます」


二人は森の中に小さな人影を見つけた。肩を落としながら、ゆっくりと歩いていく姿は、かなり小さい。


「うん?女か?いや、子供だな。どうして子供が?」


「猟でもしていて迷い込んだのでしょう。どうなさいますか?」


コウラは暫く少年を見つめていた。


「うーん、気になるな。あの少年は一人のようだが、異変に気が付いているらしい。冷静に戦場から遠ざかろうとしている。・・・面白い。このまま放っておこう」


「いいのですか?間違いなく殺されますが」


「ああ。本当は、不確定要素はあの少女だけにしたかったけどね。少し気になる所もあるしな」


「追いますか?」


「いいや。そこまでしなくてもいい。もし彼に運があれば、このまま脱出できるだろうし、運がなければ喰われるだけだ。彼は適応者だろ?」


「そのようです」


「だったら放っておこう」


コウラ達は次の獲物に食いついたらしい墮人鬼を追った。

この時の事をコウラは後に回顧しているが、彼の記憶には殆ど残ってはいなかった。だが、この時に感じた違和感とでも呼べる感覚だけは記憶に残滓ざんしのようにこびり付いており、この後の彼の人生を大きく左右する結果となった。


少年は暗い森の中から聞こえて来る、何かが争う物音から離れるように歩いていた。

走る必要はない。

闇雲に走るのではなく、しっかりと自分の位置を確認しながら進んだ方が利口だ。

湖から離れよう。

少しでも音から離れるんだ。

少年は走り出したい衝動に何とか耐えていた。



「ぐはぁ」


墮人鬼の攻撃が、男の身体を四散させた。


「シンク」


「はい」


コウラの傍らにいた女が答えた。


「困ったな。今の奴で我が渦動師部隊は全滅してしまった。これではこの作戦は失敗だな」

コウラは笑いながら話しかけた。


「はい。コウラ様のおっしゃる通りです。どうしますか、引きますか?それとも予定通りに・・・」


「うーん、確かに先程の戦いで、見たいものは全て観察することが出来た。だがこのまま彼女を放置していくのも心が痛むかな」


シンクは、少し顎は張っているが、美しい口元を崩した。


「ご冗談を。我々は共生者ですよ?・・・ですが、墮人鬼を殺しておくのも悪くはありません」


「ははは。自分を悪く言うものではない。さて、どうするか。作戦の失敗の責任は取らなくてはならないしな」



少年はばったりと、街角で知り合いと会った時のように唐突に、墮人鬼と出会った。

不思議なことに、お互いに気配は感じなかった。知り合いならば、挨拶をして気の利いた話でもするのだろうが、彼らは相容れぬ世界の住人だった。墮人鬼にとって子供は又と無い獲物であり、本能的に少年に飛び掛かった。

少年が優れていた点は、逃げ出すのではなく、腰からナイフを抜くと、墮人鬼に闘いを挑んだことだった。墮人鬼は、少年の気配を探知できなかったことを既に忘れていた。また子供が自分に歯向かってくるなど、流石に予見できなかったに違いない。

更に体内での変化が最終段階に入っていたことが関係していたのかもしれないと、後にコウラは回顧している。最終段階に入った墮人鬼は動きがやや鈍くなり、そして水辺で果てる。今回の作戦で、堕人鬼を湖に追い込むように戦略を練った理由はそこにあった。



大きく振るった獣の右手の鎌は、少年のいた場所を横切りにした。しかしテルネに切断されて短くなっていた鎌は、武器としては不十分だった。少年は距離を取るのではなく、片足を滑らせながら開脚し、鎌の描くカーブの下側に身体を滑り込ませた。そして隙だらけの獣の右脇腹にナイフを突き刺し、刀身を捻りながらすぐに引き抜いた。一連の動作は流れるようで、少年はそのまま獣の背後に回り込んだ。

獣はよろけながら左手で右脇腹を抑えて呻いた。捻りの入ったナイフの傷は、刃渡り以上の出血を引き起こしていた。

少年は構わずに背後から大きく跳躍すると、獣の歪んだ背中に着地して、後頚部にナイフを突き刺した。ナイフは頚椎を避けて深々と首に刺さった。そこは人の延髄から橋に当たる場所であり急所である。延髄が破損されれば、人は呼吸や循環動態を保つことができずに即死する。

深く刺さったナイフは抜けなかったため、少年はナイフを諦めて獣の傍に飛び降りた。

獣は硬直し、まるで彫像のように立ったまま動かなくなっていた。

少年は悪夢を具現化させたような獣を眺めながら正面に回った。


一体、こいつは何物なんだ?



その様子を観察していたコウラとシンクは息を飲んでいた。


「な、何物ですか、あの少年は?」


「わからないよ。ははは。こりゃ凄い。今日一番の戦果を上げたのが、あんな子供というのは滑稽だ。ただ・・・まだ甘いね」

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