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共生世界  作者: 舞平 旭
脳内世界
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脳内世界

テルネには何が起こったか分からなかったが、彼女を中心に大きな白い光が世界を満たしていた。眩しさに目を細める。

直ぐそばに誰かが立っている。背の高い男のようだ。


見覚えがあった。


「タ、タテガミ」


彼女はタテガミに走り寄ると、胸の中に顔を埋めた。


「タテガミ!」


彼がここにいる理由なんてどうでもよかった。



渦動波を放ったと思った瞬間、彼女の身体は光に包まれ、白煙が上がった時には腹部から骨盤上部までが消失していた。彼女の下半身は足を踏ん張ったままの姿勢で立っており、分断された上半身は、名刀と共に自分の足元に落下していった。彼女は己の下半身を下から見上げながら震える唇で呟いた。

「タ、テガ・・・」


渦動師は身体が半分にされても、疼痛でショック死することは殆どない。アエルは、丁度ブレーカーの様に、過剰な神経刺激パルスを末梢神経レベルで遮断してくれるのだ。そのため彼女は意識を保っていた。動物の除痛の一つの方法として昏睡があるのだが、アエルはそれを許さない。その代わりに、エンドルフィンが脳内に過剰分泌されていた。


アエルは渦動を使うと、状態に合わせてβエンドルフィン分泌を刺激する。更に重傷を負った場合も大量に放出された。エンドルフィンは脳内神経伝達物質の一つである。『endorphin』という言葉は造語で、『endo(genous) + (mo)rphin(e)』、つまり『内因性モルヒネ』、『体内で産生されるモルヒネ様物質』と言う意味であり、モルヒネと似た作用を持っている。下垂体前葉から分泌されるβエンドルフィンは、モルヒネの6.5倍の鎮痛効果がある。またA10神経からのドパミン産生を促進し、多幸感を引き起こす。更に脳内報酬系に働いた場合は、依存性を示すことになる。性行為の快感・依存やマラソンランナーが走っているうちに苦痛が無くなってくる『ランナーズハイ』などはエンドルフィンによって引き起こされると考えられている。

モルヒネという名称は、ギリシア神話の夢の神、モルペウスから名付けられている。モルペウスは夢の中で人間に化け、神のお告げを伝えるのが仕事の神だ。アエルはまるで自己の力を渦動師達に使わせるように、快感を与えて誘惑する。これを『渦動衝動』と呼ぶ。アエルは彼らにどんな神のお告げを与えようとしているのだろうか。



墮人鬼はテルネに近づくと、上から覗き込んだ。肩にめり込んでいた首があり得ない長さに伸び、彼女の顔に接近してきた。唾液がテルネの顔に降り注ぐ。獣は眼を細めながらジロジロと探っていたが、胸に光るペンダントに気がついたようだった。


「い、嫌・・・」


テルネは僅かに身体を動かしたが、獣は気にもかけず、彼女のペンダントをつまんで引きちぎると、珍しそうに眼を細めながら、青く光るペンダントヘッドをしげしげと見つめた。


「か・・・返し・・・」


しかし暫く弄り回すと、飽きたのか捨ててしまった。

テルネの視野は、脳の酸素欠乏と脳内麻薬の作用でゆっくりと狭まったが、痛みが疼く度に現実世界に引き戻されてきた。

彼女は死に切れずに喘いでいるのだ。

アエルによる除痛と止血、循環動態の調整で、彼女の人生はまだ10分以上は持つだろう。

鎮痛過程で生じたエンドルフィンの作用で、テルネには世界が輝いて見えていた。


徐々に夢と現実の境界が消失していった。


モルペウスがもたらしてくれた世界に。



大好きな服を着てタテガミと一緒に踊りまわる。回転する度に、彼女の白いスカートは傘の様に広がりながら回転を強調する。ブルネットの髪も流れるように回り続ける。


クルクルクルクルクルクル。


「ははは。ははは。ははは」


タテガミも笑いかけてくれた。



彼女の脳内世界とは異なり、現実世界では、彼女の視界はゆっくりと暗く狭くなってきていた。大きく虚ろな瞳は縮小し、黒眼はピクピクと僅かに回転運動を起こしていた。軽い眼振である。眼振に呼応して長い睫毛は戦慄き、口はやや開かれ、舌が少し覗いていた。貧血で青白くなった肌は透き通るようで、まるで打ち捨てられた美しく淫靡な人形のようだった。

墮人鬼はテルネの髪をつかんで持ち上げ、人形のような顔をじっと見つめた。人形は口をわずかにパクパクさせていたが、言葉が発せられるわけでもなかった。



「うふふ。ねえ、タテガミ。私のこと・・・好き?」


テルネはタテガミの胸に身体を預けながら尋ねた。


「ああ。大好きだ。帰ったら必ず迎えにいく。そしたら結婚だ。いいな?」


テルネは彼の胸から顔を上げると、彼の顔を見つめた。


「うん!」


クルクルクルクルクルクル。



テルネが最後に見たものは、墮人鬼の顔だった。墮人鬼は彼女の頭を両手で挟むと、トマトでも潰すように圧し拉いだ。


「びちゅっ」


周囲の葉に赤い血液と透明な脳漿が飛び散った。


墮人鬼は全身を震わせながら、天に向けて咆哮した。

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