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共生世界  作者: 舞平 旭
姉弟
176/179

エゼキエル書

 

 吉島はなんとも言えない高揚感に包まれていた。その感情には、自分が有名になれるというだけでなく、権力者の圧力に抵抗しているという一種のヒロイズムも含まれていた。毒島に相談したことによりさいは投げられ、今日まで悩んできたことが嘘のように晴れていた。やってしまえばなんということもない。明日の朝刊が楽しみだ。

 インタビューされた時、なんと答えようか。


 鼻歌を歌いながら自宅の最寄り駅の階段を降りると、駅前のロータリーに黒塗りの車が横付けされていた。吉島が近づくと窓が空き、中から声がかけられた。


「吉島君」


 車窓から覗いた顔は、吉良院長だった。


「話がある。家まで送って行くから乗りたまえ」


 吉島の身体が硬直した。

 なぜ院長がここに?

 まさかばれているのか?

 だが毒島に会ってから、まだ2時間ほどしか経っていないのだ。


「い、いえ・・・歩いてすぐですから」


「いいから乗りたまえ」


 吉良の口調は強く高圧的で、断ることはできず、言われるがままに車に乗り込んだ。車中は驚くほど広く、空調が効いていて快適だった。運転手とは曇りガラスで仕切られていた。その下にインターホンがある。ドアが閉まると、車は静かに走り出した。



 現在、新車は全てEV(Electric Vehicle:電気自動車)である。昨今の充電カースタンドの充足や家庭用の急速充電器の発達、バッテリーの改良により、ガソリン車と同等以上の性能を有している。更に、法改正によってガソリン税が跳ね上がったことも、ガソリン車全滅に拍車をかけた。現在では、ガソリンスタンドは殆ど姿を消し、EVステーションに姿をかえている。ステーションの急速充電器による充電時間は、普通乗用車で20秒ほどしかかからない。家庭では非接触充電器が中心で、駐車場に停めておけば充電される。次世代車として水素燃料車も一時出回ったが、取り扱いが容易なEVの牙城を崩すことはできなかった。



 吉島は、伏し目がちに横に座る吉良を見たが、彼の顔は無表情で何を考えているのか読むことはできなかった。


「・・・一体どういうご用件でしょうか?」


 彼は語尾を震わせながら尋ねた。


「君はとんでもない勘違いをしているようだね」


 吉良は静かに話しかけてきた。しかし視線は前方に向けたままだった。


「勘違い?」


「ああ。君は我々が君の研究を握りつぶそうとしていると考えているようだ」


「違うんですか?」


「当たり前だ。我々は日本を、日本人を救うことを第一に考えているんだよ」


「だったら何故公表しないんですか?」


「公表はするよ。ただし今じゃない」


「いつなんですか?そんなことをしている間にも多くの人々が死んでいるんですよ!」


 吉良は吉島の方を振り向くと、強い口調で続けた。その眼には明らかな怒りが現れていた。


「いいか、これは高度に政治的な問題なんだよ。君が詮索する必要はないんだ・・・今日、朝夕新聞に行ったね?」


 吉島はいきなり核心をつかれてうろたえてしまった。


「何をしようとしているのかね?すでに君には十分な報酬ポストを与えたと思っていたが、不服なのかね?」


 吉良は嫌悪に似た表情を示した。まるでずうずうしい乞食にたかられてでもいるかのような。吉島は、先ほど自分の中に満たされていたヒロイズムが湧き上がってくるのが感じられた。


「いいえ、不服とかそういんじゃありません。僕は・・・」


 その時、車がいきなり急停車した。自動停止システムが働いたようだ。運転手がマイク越しに「済みません」とこちらに謝ってきた。歩行者が飛び出してきたようだ。

 最近の車は、通常運転は自動オートドライブである。カメラとセンサーの発達で、自動運転の反射速度は、人間の限界点である0.1秒を大きく凌駕し、視界も360度と人間には太刀打ちが出来ない能力を持っている。更に路上を走る車には匿名化GPSが義務付けられ、車同士が互いの位置を認識しあっていた。そのため、余程のことがない限り交通事故は起きなくなっていた。しかし、目的地の設定や発進、停車時などはやはり人間の手が必要になるため、運転者は必要であり、必ず1名の運転免許保持者の同乗が義務づけられていた。


 運転手は窓を開けると、


「死にてえのか、馬鹿野郎!」


 と怒鳴り始めた。その大声はインターホンを通さずとも聞き取れた。吉良は早く車を出すように命じると話を続けた。


「小さな正義感から報道機関にリークしたわけだ。君はとんでもないことをしたんだぞ」


「いや、僕は・・・」


「君の発見は、日本の・・・まあいい。まだ研究資料はどこかにあるのかね?もしあるならすぐにこちらに渡しなさい。悪いようにはしない。素直に渡すんだ」


 吉良は強い口調で吉島を問い詰めた。院長に飲まれてしまった吉島は、既に先ほど湧き上がったヒロイズムも消え去り、ただオロオロとするだけだった。


「も、もうありません。全て新聞社に渡しました」


「だが、データーのコピーはあるだろう?」


「は、はい、家に」


「本当か?それだけか?君のおかげで私も困った立場になっているんだ。必ず明日、私の所に持ってくるんだ。いいな?」


 吉島は嫌々承諾させられた。元々気弱な彼が、院長の命令を、面と向かって断れるはずはないのだ。吉島は家の前に降ろされた。吉良は窓を開けると、


「必ず明日だぞ。いいか、お前も死にたくはないだろう?」


 と念押してきた。やっと解放された。吉島はヘタヘタとその場に座り込んでしまった。


 ******


「なんでダメなんですか!」


 沢登は社長室で怒鳴っていた。


「ダメなものはだめだ。このネタはうちには載せられない。これは社長命令だ。もし勝手なことをしでかしたら、クビだ」


 沢登は応接テーブルを叩いた。


「ええ、クビ上等ですよ。こんなスクープを載せられないなら辞めてやる!」


 社長室には社長と副社長がいた。社長は、沢登をなだめるように話し始めた。


「いいか、沢登。今回のネタはヤバイ。お前のクビですむ問題なら、別に辞めてもらっても構わん。だが間違いなく特定秘密保護法でしょっぴかれる。社は手入れを受けて、下手すりゃ潰されるし、死人がでるかもしれない。AELウィルスが蔓延してから、今じゃ軍が政治に介入しているのは知っているだろう?今回の件は軍がこっちに言ってきた。もうばれてるんだよ。こんな露骨な介入は初めてだ。そのネタ元も危ねえよ。お前だけの問題じゃないんだ。お前、それでもやるのか?」


「やります!やらせてください!」


「頼む、沢登。お願いだ。なんとか考え直してくれ。この通りだ」


 社長が頭を下げてきた。『瞬間湯沸かし器』といわれ、昔は現場で鬼編集長と恐れられた、沢登も何度もなぐられてきた社長だ。その社長が自分に頭を下げる姿を見て、沢登は唖然とした。


「なんで、そこまで・・・」


 沢登は諦めるしかなかった。


 ******


 その夜、吉島の自宅から火災が発生し、吉島と妻、娘が焼死した。出火元は吉島の寝室で、タバコの不始末として処理された。


 ******


 靖は吉島が死んだ翌日に病室から消えた。

 靖の病室の床には大きな半円形の窪みができていたが、それが何を意味するのか、誰にも分からなかった。彼のベッドの壁には、何かで彫られた言葉が残っていた。


『ああ破滅、破滅、破滅、わたしはこれをこさせる。わたしが与える権威をもつ者が来る時まで、その跡形さえも残らない』

(エゼキエル書21:27)

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