剖検記録
神沼桃花の剖検記録(抜粋) 〔No10521〕
2031年10月18日、熊本県A警察署司法警察員 柿沼忠明警視は、被疑者 神沼靖に対する傷害致死被疑事件について、本件披害者 神沼桃花の死体を解剖のうえ、下記事項の鑑定をするよう嘱託(嘱託書番号第21号)された。
鑑定事項
1.死因
2.損傷の部位程度、欠損部位の確認
3.凶器の種類とその用法
4.死後経過時間とその他参考事項
以上
よって同日午後2時05分から午後6時 00分まで、西九州大学法医学教室解剖室において、真栄里伸一、介助:北村芳江、渡辺謙、記録:佐々木旭、これを解剖するにその所見はつぎのようである。
鑑定書
解剖検査記録
1.住 所 熊本県A市××町××
2.氏 名 神沼 桃花
3.年 齢 22歳
4.職 業 大学講師
5.持込署 A警察署
Ⅰ 外景検査
1.女性屍
身長158cm
体重45kg
体格やや細い
栄養不良
全身の皮膚一般に蒼白
死斑 死体背面 (+)
死体硬直全体に認められない
直腸温 19.5℃ (外気温 18℃ 2031年10月18日10時00分現在)
2.頭部
頭皮一般に蒼白。直径0.2~5センチメートルの痂皮を伴う腫瘤が散在している。一部は掻爬され化膿している。
3.顔面部
一般に蒼白。直径0.2~3センチメートルの痂皮を伴う腫瘤が特に頬部に散在している。一部は掻爬され化膿している。左頬部に2cmの切創があり炎症が認められる。
眼 閉
眼瞼結膜蒼白充血(-)点状出血(-)
眼球結膜蒼白充血(-)点状出血(-)
角膜白濁
瞳孔円形(直径 6mm)
眼球硬度ほぼ普通
鼻腔内異常なし
口閉
口唇粘膜微紅色。舌尖 点状出血 (-)
口腔内の異物食物残渣少量
歯特に異常がない
耳耳介微紫色
外耳道内異物(-)
損傷の有無(-)
4.頚部
一般に蒼白。死斑(-)。直径0.3~3センチメートルの痂皮を伴う腫瘤が散在している。一部は掻爬され化膿している。損傷の有無 (-)
5.胸腹部
一般に蒼白。
胸部 両側乳房が大胸筋ごと切除され、肋骨が露出している。切除面に生活反応は無い。
腹部 膨満しており、腐敗網が広がる。直径0.2~5センチメートルの痂皮を伴う腫瘤が散在している。一部は掻爬され化膿している。左側腹部と臍上部に3cmの切創があり、左側腹部の傷は比較的新しく深さは3mmで腫瘤を縦切開していている。出血は認めない。
6.背部
一般に蒼白。死斑(+)直径0.3~3センチメートルの痂皮を伴う腫瘤が散在している。一部は掻爬され化膿している。損傷の有無 (-)
7.上肢
一般に蒼白。死斑(+)。両手首に索条痕がある。直径0.3~3センチメートルの痂皮を伴う腫瘤が散在している。一部は掻爬され化膿している。
爪床 蒼白。損傷の有無 (-)
8.下肢
一般に蒼白。死斑 (+)。両足首に索条痕がある。右大腿は大腿二頭筋を中心に内転筋群、四頭筋の一部が8×10cmで切除され、左大腿も同部位を9×11cmの範囲で切除されていた。深さは骨まで至っている。切除面に生活反応は無い。両側大腿前面、両側腓腹筋部に3cmの切創があり。全て腫瘤に一致しており、腫瘤を縦に切開したものである。
爪床 蒼白。
9.外陰部
黒色陰毛
大陰唇、小陰唇、陰核、膣口(特に異状なし)。損傷の有無 (-)
10.肛門
閉 周囲の糞便汚染 (-)。損傷の有無(-)
Ⅱ 内景検査
省略
Ⅲ 緒検査
省略
説明
1.死因について
本屍には腐敗が進行し、脳表面、肺、心臓、肝臓実質及び門脈、左腎臓、大腿三頭筋、四頭筋と上腕二頭筋を中心にほぼ全身に0.2から1センチメートルの嚢に包まれた幼虫が多数認められた。脳を含む各臓器には幼虫が侵入し、一部は肉芽腫を形成している。特に筋肉内と皮下に多数の幼虫が認められた。血管内は静脈系に幼虫が認められ、部位により塞栓症を発症していた。肺は左に3箇所、右に2箇所の肺梗塞が認められ、胸水及び心嚢液の貯留が認められた。
このことから、死因は未知の寄生虫による肺梗塞及び心不全として間違いはない。極度のるい痩があり、栄養状態が悪い状態が続いていたことは確かで、やはり寄生虫感染が重度であったことが想定される。
2.損傷の部位程度、欠損部位の確認
左頬部、左側腹部、臍上部、両側大腿前面、両側腓腹筋部に3cmの切創があり。全て腫瘤に一致しており、腫瘤を縦に切開したものである。傷は最大で3mmと浅く、死因とは考えられない。本屍の両側乳房、右殿部、両側大腿は損壊されていおり、両側乳房は大胸筋ごと切除され、肋骨が露出していた。右殿部は20×15cmの範囲で大臀筋が切除されていた。右大腿は大腿二頭筋を中心に内転筋群、四頭筋の一部が8×10cmで切除され、左大腿も同部位を9×11cmの範囲で切除されていた。深さは骨まで至っている。切断面に生活反応は認めず、死後に鋭利な刃物で切り取られたものに間違いはない。冷蔵庫に残っていた肉片(証拠物件8および9)は右殿部と左大腿から切除されたものであるが、明らかに切除された肉片は不足している。
3.凶器の種類とその用法
病死であり凶器は存在しない。しかし死体損壊に使用した刃物は鋭利なもので、証拠物件23に合致した。刃先からルミノール反応がでており、DNA鑑定も一致したことから、この刃物で解体されたことに間違いはない。
4.死後経過時間とその他参考事項
脳は軟化を起こしており、その他腐敗度からおよそ2週間であると鑑定する。両手首、足首に索条痕があり、生前から長期間縄状のもので拘束されていたことに間違いはない。
まとめると、本屍は寄生虫感染による肺梗塞と心不全により死亡した。死体は死後に損壊が加えられており、切除された後の肉片の一部が行方不明である。死後2週間経過している。
鑑定主文
以上の解剖検査記録および説明によって、つぎのように鑑定する。
1.死因
本屍の死因は、肺梗塞と心不全と判定される。
そしてその原因は寄生虫感染による塞栓症と栄養障害である。
2.損傷の部位程度、欠損部位の確認
A.両側乳房
乳房は大胸筋ごとほぼ切除され、肋骨が露出していた。切断面に生活反応は認めない。
B.右殿部
右殿部は20×15cmの範囲で大臀筋が切除されていた。切断面に生活反応は認めない。
C.右大腿
右大腿は大腿二頭筋を中心に内転筋群、四頭筋の一部が8×10cmで切除されていた。深さは骨まで至っている。切断面に生活反応は認めない。
D.左大腿
左大腿も同部位を9×11cmの範囲で切除されていた。深さは骨まで至っている。切断面に生活反応は認めない。
E.縦切開創
左頬部、左側腹部、臍上部、両側大腿前面、両側腓腹筋部に3cmの切創があり。生前に行われているが死因ではない。
欠損AからDは死後に鋭利な刃物で切り取られたものに間違いはない。冷蔵庫に残っていた肉片は右殿部と左大腿から切除されたものであるが、明らかに切除された肉片は不足している。
3.凶器の種類とその用法
証拠物件23に間違いはない。
4.死後経過時間とその他参考事項
およそ死後2週間であると鑑定する。
両手首、足首を長期間縄状のもので拘束されていたことに間違いはない。
以 上
本鑑定は2031年10月18日から同年11月1日までである。
2031年11月1日
熊本県熊本市×××
西九州大学法医学教室
鑑定人 酒井 善郎
鑑定人 真栄里 伸一