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共生世界  作者: 舞平 旭
変貌
164/179

殉床

菊池は1週間程前に覚醒してからというもの、目覚ましい回復を見せていた。特に食欲が旺盛になり、活力が出てきていた。しかし顔色は悪く、眼に光がなくなっていた。毎晩悪夢にうなされ睡眠不足となり、眼の下はクマにかたどられていた。

彼にはここに入所した時の記憶が無かった。しかしおぼろげな記憶があった。

恐ろしい記憶が。


そして彼は担当回術師に懇願した。


「彼女に、レイヨに会わせてくれ」


菊池は大凡のことは理解していた。

しかし確認しなければならない。

自分の犯した罪を。



暫く待たされたあと、菊池の前には長い黒髪の青年がやってきた。庵羅である。薄い口元には笑みが蓄えられていた。


「この間、刑務所であった以来ですね。体調は戻りましたか?」


「ああ。前より具合はいい」


「それは良かった」


菊池は青年の態度や容姿に違和感を覚えていた。若く見えるが年齢は多分自分より上なのだろう。そして彼の瞳は何かに期待している子供のようだった。


「そんなことより、レイヨに会わせてくれ。生きて、まだここにいることは分かっているんだ」


「ははっ!」


青年は大袈裟に両手を広げると、菊池に近寄ってきた。


「レイヨ?ああ、彼女はレイヨっていうんですね。確かにここにいます。でも会ってどうするんです?」


「レイヨに、レイヨに合わせてくるれだけでいい。お願いだ。俺は段々彼女の顔を忘れてきている。このままじゃ、このままじゃ・・・」


菊池はうつむきながら、両手で頭をかきむしった。


「まあまあ。でも大凡の見当はついているんでしょう?なぜ自分を責め苛むような行為をしなければならないんですか?そんな無意味なこと。どうしてもとおっしゃるなら、せめてもう少し身体が落ち着いてから会った方が・・・」


菊池は大きく被りを振ると、立ち上がって庵羅に詰め寄った。


「それじゃダメだ。遅い、遅すぎる。彼女の苦しみを理解るできうちに・・・。もうすぐ俺は俺でなくなる・・・。頼む!俺がここにいる間に・・・お願い・・・」


菊池はそのまま床に座り込んでしまった。


「そうか。貴方はまだ適応者に近いんでしたね。忘れてました。奴らは本当に不思議な生き物です。結果の見えた戦を、敢えて行おうと言うんですから。あなたを見ていたら、若い時に会ったオリジナルの女を思い出しました」


庵羅は深いため息をついて続けた。


「だが覚悟はできてるのですか?共生者になる前の、貴方の人格をも拭い去らんとする現実に」


「・・・まだやれることが一つでもあるうちに・・・」


「いいでしょう。しっかりしなさい。貴方はこの世の王なのだから」



庵羅は菊池を連れて地下牢へと向かった。地下には雑然と檻や荷物が並んでいて、とても人を収監するための施設とは思えなかった。二人は通路を最も奥まで進んでいった。そこには鉄の扉があり、眼の位置に開閉式の覗き窓が作られていた。

牢の前には看守が一人いて、庵羅を見ると凧型を組んで敬礼をした。


「貴様は席を外してくれ」


看守がいなくなると、庵羅は持ってきた鍵で扉を開けた。

金属が軋む大きな、地を這うような音が長く廊下に響いた。


「うっ」


まず血生臭い空気が菊池をめた。

嘔気を催す腐臭と獣の臭い。

扉の先は採光窓が無いのか、深い闇に包まれ、まるで黄泉への入口のようだった。


「さあ、進みたまえ!それが貴方の受け入れし世界です!」


菊池は一歩一歩、闇の中に足を進めた。

湿度の高い空気が、体に重くまとわりついた。

悪夢で見た闇のように、身体中の穴から闇が入り込んでくるようだった。


「レイヨ。僕だよ、レイヨ。いるんだろ?」


闇の奥から、微かだが衣擦れの音がした。


「レイヨ」


彼は動くモノに呼びかけた。しかし、モゾモゾ動くだけで応答はない。徐々に眼が暗闇に慣れてきた。小さな牢屋で壁の脇に簡素なベッドがあり、毛布の下に動きがある。レイヨはそこにいるらしい。


「レイヨ!」


菊池は近づくと、毛布を剥ぎ取った。



この瞬間、彼の運命は不可避の負の渦巻線スパイラルに再び乗ってしまった。


それは、この世界の支配者が、殺戮さつぎゃくと収束を選んだということである。

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