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共生世界  作者: 舞平 旭
変貌
163/179

悪夢

 菊池は暗闇の中にいた。


 真の闇。


 闇がまるで空気の様に、彼の周囲に満ちており、気がつくと彼の鼻や口から体の中に侵入してくる。

 呼吸が苦しく、彼は喉を掻きむしった。


「い、息ができない。」


 声にならない叫びが、彼の喉から吹き出した。

 彼はガクッと両膝を折ると蹲り、必死に呼吸をしようともがいた。


「ぐ・・・が・・・」


 彼はそのまま倒れこむと、右手を前に出し、何かを掴もうとした。

 すぐそこにある何か。


 それは突然、彼の前に表れた。

 オレンジ色の光が彼の前にゆっくりと近づいてくる。

 光の中に薄らと人影が見えた。


 彼は意識を失った。



 どのぐらい意識を失っていたのだろうか。菊池は眼を覚ますと、女性の膝に頭をもたれていた。

 ゆっくりと女性の顔を見上げた。

 彼女の周囲は光り輝き、あまりの眩しさに彼は眼を細めた。眼が明順応するまで暫くは彼女の顔を認識できなかったが、彼女の体臭はとても懐かしく、彼には慣れ親しんだ心地よさがあった。


「沙耶・・・」


 彼女の顔は沙耶のものであった。沙耶は白いドレスを着ており、いつものように微笑んでいた。年若い少女のような微笑み。いや、確かに少し若く見えた。まるで高校生ぐらいだ。周囲は彼らの同棲していたマンションそばの公園だった。一面に緑の芝生が生えており、遠くで子供達のはしゃぎ声が聞こえる。


「よく寝てたわね、たかちゃん」


 彼女はいつも通り微笑んだ。彼女の長い髪が軽く彼の耳にかかる。いい匂いがした。


「どうしたの?かなりうなされていたけど」


 菊池は体に汗をかいているのがわかった。芝生を渡る風が、心地よく彼の体を乾かしていく。


「いや、大丈夫。なんかとても悪い夢を見ていたみたいだ。本当に、嫌な・・・」


 起き上がろうとしたが、体が動かなかった。


「あれ、おかしいな」


「どうしたの?」


「なんか、身体が動かないんだ」


「ふふふ。疲れたのよ。昨日も手術で午前様だったじゃない」


 彼女は細く長い指先で菊池の髪を撫でた。急速に睡魔が彼に襲いかかってきた。瞼が重くなり、全てが億劫おっくうになってきていた。


「貴方に話したいことがあるの・・・」


「・・・なに?」


「ありがとう」


「何が?」


 菊池は彼女の妙な態度が気になり、眠気に抗いながら彼女を見た。しかし何故か、彼女の顔にピントが合わない。顔だけがかすれ、まるでのっぺらぼうである。


「私に貴方の・・・大切な・・・ありがとう・・・。

 私はここまで・・・。

 ありがとう、たかちゃん。

 私は幸せだった・・・」


 彼女の、のっぺらぼうの顔を中心に世界が歪み始めた。それを追いかけるように、周囲の景色も歪んでいく。


「さ・や・・・」


 ホワイトアウト。



 菊池は周囲が白く光っているのか、自分の意識が消えていくのか判断できなかったが、真っ白な空間に横たわっていた。

 すると徐々に景色が現れてくる。始めに景色の輪郭が、まるで線画のように形作られ、そして色彩が加えられていった。

 川のせせらぎの音。

 虫や鳥の鳴声・・・。

 森の中だ。

 気がつくと、菊池は再び白いドレスの女に膝枕されていた。


「タカヨシ、大丈夫?」


 覗き込んだ顔はレイヨであった。心配そうな眼で覗き込んでいる。ここは幕多羅の側の森だ。レイヨと一緒に何度か行った事があった。


「ねえ、大丈夫?まだ体がおかしいの?」


 レイヨは菊池の額に手を置いた。


「いや、大丈夫だよ。なんか悪い夢を見ていたみたいだ」


「そう。良かった」


 彼女はいつも通りの笑顔だった。


「私、あなたに話したいことがあるの。とても大切なことが・・・」


 彼女の顔に影がさした。


「お別れを言いにきたの」


「え?」


 菊池は体を動かそうとしたが、やはり指一本動かなかった。


「もう貴方とは話せないの。これで最後なの」


「なぜ?」


「だって、しょうがないよ。

 ・・・運命なのよ。

 でも最後に貴方に会えて、とても嬉しいよ。

 もう二度と会えないと思っていたから。

 それに、ただ死ぬんじゃなくて、貴方のために死ねるなら、私・・・」


「嫌だ、そんなのは。もう二度と嫌だ!」


「・・・ありがとう、タカヨシ。

 私も悲しいけど、これからはずうっとあなたと一緒。

 ただ、一つお願いがあるの」


 レイヨは悲しそうだった顔に、笑顔を無理に作った。


「・・・私を殺して欲しいの」


「な、何を言っているんだ?」


 菊池には彼女の言葉が理解できなかった。


「いいから聞いて。お願い。

 私はあなたと以外は嫌なの。苦しいの。

 お願い、早く殺して。

 あなたの手で。

 私はあなただけなの。

 愛してる。

 愛してる、タカ・・」


 まるで水面に垂らしたインクのように、レイヨの体は菊池の視界一面に拡散していった。彼は何度も何度も、彼女の名前を叫んだ。



 菊池は眼を覚ました。すると、直ぐに口の中に生臭さを感じて嘔吐した。しかし彼の胃には何も入っていないため、透明な胃液しか出ず、かえって彼を苦しめることになった。

 菊池は泣いていたが、これが嘔吐の辛さからのものなのか、それ以外からきた感情なのか、彼には全くわからなかった。

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