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共生世界  作者: 舞平 旭
レイヨとの別れ
159/179

望まれぬ子

 菊池はレイヨの処置を終えると彼女の脇に座り込み、自分の腹部を確認した。途中で消毒と腹帯を巻いて止血はしたが、かなり疼いていた。


「うっ」


 腹帯をめくると、創部はかなり赤く腫れてきていた。感染を起こしているのは明白だった。


「よくやった」


 神火が近寄ってきたので、急いで腹部を隠した。


「お前は医術師だったのか」


 神火は菊池の肩を軽く叩くと横に座った。


「まあな。だが、まだ止血しただけだ。なるべく早く手術しなければならない。もう敵は片付けたのか?」


「ああ、おそらく襲ってはこないだろう。もう奴らにも、まともな戦力はないだろうからな。まあ、こちらも同じだが。彼女のことは任せろ。準備が整い次第移動する」


「奴らは何故襲ってきたんだ?」


「わからんが、多分俺を襲ってきたのだろう。お前達は巻き添えを食ったわけだ」


「心当たりがあるのか?」


「心当たり?ああ、あり過ぎて困る位な。襲われるのは別に珍しいことじゃない。そんなことを一々詮索してては身が持たん」


 神火は笑いながら答えた。


「ところでお前ほどの医術師が、どうして囚人となったのだ?」


「それは俺が聞きたい。なぜ神明帝は俺の大切なものを奪おうとする?俺に何の恨みがあるんだ?」


 菊池は神火に詰め寄った。


「教えてくれ!俺は前の世界では、惚れた女を救えなかった。生まれ変わった今も、また同じ過ちを犯そうとしている。俺は何故この世界に蘇ってきたんだ!俺は生まれるべきではなかったというのか?俺さえいなければ、幕多羅の人達も、レイヨも、レイヨも・・・」


 菊池は拳を地面に叩きつけた。神火にはかけるべき言葉はなかった。


『何故生まれてきたのか?生まれるべきではなかったのか?』


 それは神火が常に自問している言葉でもあったからだ。



 神火は目的地を近隣の駐屯地に変更した。レイヨを早く軍回療師に治療をしてもらう必要があったからだ。それに軍なら神火の顔が利く。彼女は重症なので、木と布で簡易担架を作り運ぶことになった。2メートルほどの棒を2本作り、広げた毛布の左辺から3分の1のところに棒を1本置き、棒を挟むように毛布を畳む(左側の3分の1の毛布を右に折る)。そして畳んだ方の毛布(棒の上に被されてる毛布)の元左辺から少し内側(左側)の所に先ほどの棒と平行にもう1本の棒を置き、畳んでいない右辺(棒の下の毛布)を、2本目の棒の所で左へ折り畳み、初めの棒の上にかける。こうすると簡易担架になる。ポイントは2本目の棒を、折り畳んだ毛布の左辺から少し離して『ゆとり』を十分作ることだ。そうすることで、2本目の棒にも毛布が二重に巻かれることになり毛布が外れにくくなる。

 担架は生き残った3人の所員が交代で担いだ。彼等も疲れていただろうが、不満など微塵も見せることはなく、レイヨの身体を心から心配している様に菊池には見えた。



 一行は一時間ほど移動すると休憩をとった。レイヨの身体を考えてのことだった。


「大丈夫か?」


 休憩時間になると、神火はレイヨの様子を案じてくれた。彼女は移動開始時には既に覚醒していた。腹部に痛みはあったが、解熱鎮痛剤のお陰で耐えられないほどではなかった。


「大丈夫です」


 彼女はしっかりと答えた。


「そうか。何かあったら言った方がいい」


「神火さん。心配してくれてありがとうございます。あなたは本当は優しい人ですよね」


「私が?別に人として普通だが?」


 神火は笑いながら答えた。しかしレイヨの眼は笑ってはいなかった。


「いいえ。貴方は優しい人。でも自分を偽っている。貴方は何故こんなことばかりしているの?私にはわかる。あなたは人を殺すのが、心から楽しいわけではないのでしょう?」


 神火は彼女の言葉に一瞬うろたえたが、直ぐに笑顔に戻った。


「どうした?身体が痛むのか?やけに食ってかかるじゃないか」


「何故自分の方から戦いに身を投じるんですか?」


「別に私が望んでいるわけではない。私は殺人鬼ではないからな。任務のためにやっていることだ」


 神火は少しばかり顔をしかめると、菊池の方に目配せして助け船を求めてきた。


「おい、止めろよレイヨ。失礼だろ」


 しかし菊池の制止を無視して、彼女は話を続けた。


「あなたは誰かを殺すのに快感を覚えている訳じゃない。ワザと危険に身をさらしている」


「そんなことはない。避けられる戦は、避けるように努力しているつもりだ」


 神火の顔色が徐々に蒼白になり、汗をかいているのが菊池にもわかった。この神火の反応は、菊池にも意外であった。


「嘘をつかないで。共生者あなたたちの悪い癖よ。一体何があったの?貴方のお父さんやお母さんは・・・」


「な、何を失礼な!この小娘!母を愚弄することは許さん!」


 興奮した神火を見ると、菊池が彼女の前に割って入った。しかし彼女は菊池の身体をわきに退けると、神火を力強く見つめながら話を続けた。


「殺したいなら殺しなさい。私は怖くはないわ。でも貴方は私を殺しはしない。そんなことはできない。・・・なんでそんな生き方をしているの?貴方に一体何が・・・」


 レイヨの大きな瞳から涙が流れていた。


「いい加減にしろ!」


 神火は立ち上がると、無言のまま踵を返して離れていった。その両手は硬く握られ、爪は手のひらに食い込んで血を流していた。


「どうしたんだ?」


 菊池は二人と交互に見ながら尋ねた。


「なんでもない・・・。ただ可哀想な人だと思って」


 レイヨは神火の後ろ姿をじっと見つめていた。


 *******


 神火は望まれた子では無かった。彼は前王、武勇に名を馳せた神武帝しんぶていの妹の子供であり、神明帝の従兄弟になる。一人っ子で父母から寵愛を受けたが、聖餐の儀の後に神官の一人から自分の出生の秘密を聞かされた。


「あなた様は神武帝の実子であられ、王位継承権をお持ちです。それは建速たけはやさまよりも上位なのです。私はその証を持っています」


 母カヤヌは大人しい女性であった。嫁ぎ先でも夫を支え、可能な限り子育ては乳母任せにせず、自分を育ててくれた。そんな母が不貞のそしりを受けるとは・・・。


「貴様・・・そのことは他言したか?」


「滅相も御座いません。こんな大切なことを、どうして他言などいたしましょうか」


「それは良かった・・・」


 神火はその場で神官を両断した。彼は初めて人を殺めた。



 翌年、神火は父の病床に呼ばれた。父は最期まで神火の事を『我が子』と呼びながら、全てを語った。父は不能であった。


 神火は父を葬ったその足で軍に志願した。王族の軍属は珍しくはなかったが、後方任務が主体で、軍の広告塔としての役割だった。しかし神火は前線に志願し、多くの武勲をあげていった。世間では『神武帝の再来』と、もてはやされたが、そう言われる度に、彼は益々危険な任務に首を突っ込んでいった。


 ******


 一行は、房軍国境警備隊駐屯地に、二時間ほどで辿りつくことができた。そしてレイヨは軍回療師に治療を引き継がれた。菊池は自分が執刀したいと懇願したが、軍の施設でそんな勝手が通じるはずもない。神火は、


「心配するな。あのぐらいの刺創ならここの軍回療師に任せれば大丈夫だ。それよりも、お前の腹を見せろ」


 というと、菊池の服をまくり、腹帯を剥ぎ取った。そこにはグロテスクに変色した創があった。元は2センチほどだった刺創が、5倍以上に腫れ上がり、どす黒い体液が溜まっていた。


「やはりな・・・どうもおかしいと思った。お前の傷も軍回療師に診てもらえ。お前の方が重症に見えるぞ。気がついていないかも知れないが、顔色もかなり悪い」


「ああ。そうするよ」


 菊池は回療室に向かおうと立ち上がったが、そのまま音を立てて地面に崩れ落ちてしまった。


「おい、菊池!大丈夫か!菊池!回療師!回療師はどこだ!」


 神火の声が遠くで響いていた。

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