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共生世界  作者: 舞平 旭
レイヨとの別れ
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夜襲

 神火が南に向かって忍び足で進んでいくと、皮鎧を身につけた男が藪の中に座り、野営地を監視しているのが見えた。神火は腰の短刀を抜きながら無音で男の後ろに近づいた。

 短刀の刃が闇を反射した。その刹那、男の口が手で塞がれると同時に、短刀が頸を横に切り裂いていた。


「ぷしゅあ」


 と妙な音を立てると血液が扇形に噴き出した。20秒程で脈打つ血液の噴出は止まり、男の身体からは力がガクンと抜け落ちた。神火は音を立てないようにゆっくりと男の亡骸を横たえた。


「次!」


 5メートルほど移動した所にも敵の姿があった。神火は暗い陰を求めながら、その背後に静かに近づいて行った。彼は暗闇の、更に闇の中に一体化していた。敵の呼吸が聴き取れるほど近くに着くと、彼は闇の中から静かに剣を伸ばしていった。おもむろに口を塞ぐと、短刀をクルリと水平に回転させてから、男の背中を突き刺した。まるでプディングを貫くように、刃は肋骨の間から肺と心臓を貫き、臓器の活動を一瞬で停止させた。

 闇の中に溶け込んでしまった彼を見分ける手段はもうないのだ。



 神火が5人目の獲物を探し始めた頃、野営地では所員の一人が物音で眼を覚ましていた。

 彼は16歳になったばかりで、基礎教練を終え蘇芳刑務所に配属されてまだ一月も経ってはいなかった。元々南部の出身で馬の扱いに長けていたため、厩舎係となった。馬は好きだった。あの暴動の時、火が上がったのを見た彼は、鎮圧命令には従わず厩舎の扉を解放して全ての馬を逃して回った。暴動が沈静化した後、彼の行為は問題となったが、神火が庇ってくれた。

「軍馬はすぐに戻ってくる。彼が馬を逃してくれたために、大切な房軍の物資が守られたのだ」

 そして彼は神火が率いる捜索隊に志願したのだった。


「何だ?」


 彼は眠気まなこをこすりながら、周囲を見渡したが、辺りは暗く何も見えなかった。軽く小首を傾げ、起き上がると焚火に向かった。焚火は煙を燻らせているだけで、火はほとんど消えていた。焚火番は見張りがやるはずなのだが、辺りには人の姿は見えなかった。彼は焚火のわきに座ると、枝を数本加え、息を吹き込んだ。炎はまるで別の生き物の様に活気を取り戻し、発する光は闇を大幅に削り取り、彼の周囲に隠されていたモノを顕にした。


「うわー!」


 彼はすぐ側に、額を矢で射抜かれた見張り兵の惨殺体が横たわっているのを目にして悲鳴を上げた。悲鳴はまだ寝ていた他の所員達を目覚めさせたが、彼は当然標的にされた。



 神火の短刀は5人目の敵の背中を刺し貫いていた。その時若い所員の悲鳴が上がった。


「馬鹿が!」


 神火がそちらを見ると、悲鳴をあげた所員の背後の弓兵が、彼に向けて矢を放とうと構えていた。


「させるか!」


 神火は懐に入れていた金貨袋を若い所員に投げつけた。放たれた矢よりも早く、袋は彼の額中央、いわゆる額中に命中し、彼を後ろにつんのめさせた。その瞬間、彼の頬を矢がかすめ飛び、まだ筋肉の乗り切っていない頬には横に紅い筋が刻まれた。


「うぁー!」


 彼は腰を抜かしながらも、這うように物陰に隠れた。


「神火だ!」

「神火がいるぞ!」


 あちこちの茂みから一斉に動きがあった。


「ちぃっ!」


 神火は短刀を投げ、近くの敵の胸に突き刺すと、攻性変換を発動した。気づかれる前にもう少し始末したかったが、気づかれてしまっては仕方が無い。渦動で相手をするしかない。果たして部下は何人生きて帰れるだろうか。だが菊池達だけは護らないと。


「慣れないことはするもんじゃないか」


 彼は冷静に損耗を計算しつつ、攻撃対象を探した。

 まずは弓だ。

 矢が四方から音を立てながら神火たちの野営地に降り注いだ。房兵達に矢が刺さり、呻きながら倒れていった。焚き火が燃え移ったのだろう、野営地には火の手が上がっていた。


「そこか!」


 神火は5~6メートル先、矢の放たれた位置に渦動波を放った。薄橙の光が尾を引いて飛んでいく。矢をつがいていた男の左腕が弓ごと消失した。暗闇の中、この距離で命中したのは幸先がいいと神火は思った。しかし幸運だけではない。彼は冷静に計算によって命中率を上げていたのだ。


 暗闇の中で光るバレーボールを、早めのスピードで投げつけられる状況を想像して欲しい。5メートル以上あれば、身構えてさえいれば何とか逃げられる人も出てくるだろう。10メートルなら多くの人が避けられる。渦動波というのはそういう感覚に近い。遠距離真正面からでは、まず当たらないのだ。神火は可能な限り敵に接近し、5~6メートルという命中可能な距離を確保していた。また彼の渦動波は、通常の1.5倍は速い。このような物理的な要素以外、対象の選択も重要である。弓兵は飛び道具に頼るために回避行動が遅れやすい。更にこの森の中、彼らは可能な限り身体を隠せる場所、木のそばなど動きにくい場所を確保する。それでも一発目の渦動波が当たるかどうかは運が加味される。そして運は神火の味方をしたのだ。敵は渦動波が味方の身体を消し去ったことに驚愕し、戦意が落ちるだろう。


 しかしこの敵は違っていた。


「まさか!」


 神火の方が驚かされていた。渦動波が放たれた瞬間、左右の茂みから敵二人が同時に抜刀して飛びかかってきたのだ。相手も攻撃のタイミングを冷静に測っていたのである。



 渦動波の最大の弱点は、弓と同様、二の矢をつぐ時間とショートレンジ攻撃である。渦動波はその性質から、アエルのエネルギーを渦動口に蓄える時間が必要であり、術者によっては再放出に数分もかかる。また一部の使い手を除いて、渦動波は明らかに近~中距離攻撃用兵器であり、間合いの短い攻撃、特に格闘は得意ではない。

 味方を犠牲にしてでも渦動波放出後に襲いかかってくる戦法は、オーソドックスながらプロの仕業である。渦動師暗殺のプロだ。敵が神火の名を発したことから考えても、間違いなく標的は自分である。



 彼は身体を捻って二人の刃を紙一重でかわし、抜刀しながら一人に斬りつけた。


 キシーン!


 二つの剣が重なり、暗闇に火花が咲いた。神火は鍔迫り合いを嫌い、すぐに相手から離れて間合いを取ろうとした。しかしそれよりも早く、背後からもう一人が襲ってきた。神火は目の前の男の腹を蹴りつけて間合いを強引に離すと、迫っていた男に向けて、振り向きざまに渦動波を放った。振り向き動作の間に充波じゅうはして放つなど、恐ろしいスピードである。敵が渦動に対して用心していなかったのも当然であった。しかし近接戦のため、流石の神火も渦動口を敵の急所に向けることができなかった。向かってきた敵は両足に渦動波を受け、膝から下が消失し、そのまま前のめりに崩れ落ちた。


「ぐぁー!」


 それでも男は、必死に剣を振り回していた。しかし神火は足のない男を無視すると、蹴り離された男に向き直った。男は一瞬怯んだが、すぐさま剣を上段に構えた。構えは堂に入っていた。


「ほほう、面白い。貴様はかなり使えるようだな」


 神火も上段に構えた。二人はにらみ合いながらお互いの出方をうかがっていた。周囲は煙が満ち始めていた。様々な騒音が辺りを満たしていたが、彼らの周囲だけ、まるで防音壁で囲まれたような静寂に包まれていた。

 上段は攻撃的な構えである。剣士がやるべきことは、己の剣を相手よりも速く振り下ろすだけだ。


 早く!速く!


 二人は睨み合いながら、ゆっくりと間合いを詰めていった。


「うりぁー!」


 二人はほぼ同時に上段から剣を振り下ろした。


 ガキッ!


 再び金属が重なる高音が響いた。だがさっきとは音色が異なっていた。今度は鍔ぜり合いにはならず、神火の剣は相手の剣を叩き折ると、深々と相手の額を二つに切り裂いていた。刃が頭に沈んだ瞬間、男の左右の眼が別々の方向にギョロリと回転した。


「な・なぜ・・・」


 神火が剣を引き抜くと同時に、剣士は大地に倒れた。



 神火の剣は確かに名剣だが、相手の剣を叩き折るほどの差はない。では、何故折れたのだろうか?

 剣には『物持ものもち』と呼ばれる場所がある。バットで言う所の『芯』、剣の重心である。重心をしっかり使って攻撃したことで破壊力が増大し、相手の剣を折るほどの差が出たのであった。当然、剣が折れたのは狙ったものではない。敵の刀に『刃切れ』があったのも事実だが、生死を分ける戦いの中で基本に忠実に重心を合わせるには、かなりの鍛錬が必要である。神火は剣の鍛錬も日々欠かさず、剣技でも房の国で右に出る者は少なかった。その鍛錬と才能の差がこのような結果になったのである。

 足の無い男はまだ地面でのたうち回っていたが、神火は無視して次の獲物を探し始めた。


「己が命を惜しまぬ奴は出てこい!この神火が相手をしてやるぞ!」


 わざと渦動光を放ち、大声を上げた。敵の注意を自分に向けさせるために。

 そして彼は楽しそうに笑っていた。

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