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共生世界  作者: 舞平 旭
レイヨとの別れ
156/179

子殺しのカップル

 菊池達が蘇芳に向って連行されて2日が経過していた。神火は彼等に対してとても紳士的で、菊池とレイヨの身体を心配し、様々な配慮もしてくれていた。菊池に対しても、初めてこそ警戒されているようだったが、徐々に警戒を解いて行った。共生者は時々このような二面性を見せる。目的に対しては必死に、それこそ鬼畜のごとき行為を行うかと思えば、目的が達成した後は冷静に、紳士的な対応する。まるで古い親友のように。このギャップは、単なる社会制度や宗教のせいだけではないだろうと菊池は考えていた。



 菊池達は少し遠回りだが、昨日から山道を使っていた。逃亡時には敢えて山道は極力避け、最短距離を歩いた。逃げていたのだから当然だったが、菊池の足には辛いコースだった。それに反して山道はかなり楽で、前を歩くレイヨに気を配りながら歩くことができた。


「レイヨ、大丈夫かい?」


 レイヨは後ろを歩く菊池に振り向くと、


「OKキツネ。タカヨシこそ熱は?」


「ヘッチャラだよ」


 菊池は笑いながら答えた。本当は発熱が続き、時々動悸に悩まされてだるかったが、彼女の前ではそんな素振りはできなかった。



 一行は日が沈む少し前に、山道から少し入った開けた所で野営をすることになった。刑務所員達は、テキパキと無言のまま野営の準備を行っていたが、菊池達は見張り役の神火と共に端に座って作業を見守っていた。菊池にはどうしても解明しなければならないことがあった。


「少し聞いてもいいか?」


 彼は向かいに座っている神火に声をかけた。


「なんだ?」


「何故かはわからないんだが、あなたの位置が解るんだ。眼をつぶっても、5~6メートルぐらいなら。何故だ?」


 神火は驚いた。


「ほう。私の位置が?お前は確か『芽』は持っていないんだったな・・・渦動師、いや共生者ですらないというのに『6感』があるのか?お前、虫呼は聞き取れるのか?」


「虫呼?ああ。聞き取れないよ、全く」


 神火には菊池の発言に何と答えていいのか分からなかった。回療院の者からは、虫呼と『6感』は同じものと聞いていた。それともこいつの感覚はいわゆる『6感』では無いのかもしれない。渦動師同士でも渦動口を開いていない渦動師を感じるのは困難なのだ。我々は渦動から放出される念の様なモノを感じとっているに過ぎない。それを人工的に作り出したのが虫呼である。

 神火は笑いながら菊池の肩を叩いた。


「それは、お前は優れた力を持っているということだ」


「力?」


「ああ。アエルだ」


「そんなもの・・・どうせ死ぬんだし」


 その時、下を向いていたレイヨが話に加わった。


「何を言ってるの。タカヨシは死んだりしないよ!」


 神火はそんなレイヨを見て、初めは唖然としていたが、じきに笑い初めた。


「ハハハ。まあ、いいものだな。夫婦なのか?」


「ち、違う」


「違います!」


 二人は真っ赤になって否定した。


「ああ、そうか・・・。お前らは夫婦にはなれんか。済まんな」


 その発言を聞いた菊池の顔からいきなり笑みが消え、神火の顔を凝視した。確かに何度か聞いた話だった。菊池はてっきり共生者達の傲りからくるものだと考えていたが、神火はそんな男ではない。神火は自分の話した言葉に異常に反応した菊池を見て、顔から笑みを消した。


「・・・お前らは知らなかったのか?『子殺し』を?」


 レイヨも父親の話を思い出していた。


『彼ならレイヨを守ってくれる。ただ彼と結婚は・・・まあそんなことはいい』


 何故間も無く死ぬと分かっていた父親が、敢えてこんな話を言いかけたのだろう?それに神火は冗談を言う人ではないことも彼女の心に影を落とした。


「ああ。教えてくれ。『子殺し』とはなんだ?」


 菊池は神火に尋ねた後、生唾を飲み込んだ。



 彼等は神火の話を聞いて愕然とした。


「まさか・・・そんな・・・」


 レイヨはその場で泣き崩れてしまった。菊池にはただ彼女の背中をさすってやることしかできなかった。



 この世界では、主に二種類の人間がいるといえる。『共生者』と『適応者』である。通常はお互いの『種』、この場合の『種』は生物学の『種』ではないが、を超えて婚姻することはない。しかしお互いにホモサピエンスである以上、『種』を超えて交配する例が出てくるのは自然の摂理である。

 この時『適応者』の母親と『共生者』の父親の間の子供は、生後3~6ヶ月で必ず死亡するのだ。原因については分かってはいない。このことから、この組み合わせを『子殺し』としてタブーとされていた。そのため、共生者が適応者の村を襲った場合でも、殺戮は起こるが強姦は少ない。



「なんで?なんでよ!私・・・」


 菊池はレイヨを抱きしめた。


「大丈夫だよ、レイヨ。死亡率100%ということは、必ず理由がある。間違いなく遺伝的な理由だ。ただそんな遺伝的形質は僕の時代にはなかったんだ。高々300年ぐらいで遺伝子は変わるもんじゃない。間違いなく『アエル』が関係している。ならば治せる術はあるよ」


「ほんと?良かった」


 二人は抱きしめあっていた。


「あ、ゴホン。もういちゃつくのは辞めてもらっていいかな?」


 二人は大急ぎで離れ、真っ赤になって下を向いた。神火は大笑いした。


 しかし菊池の疑問は膨らむばかりだった。一体この世界では何が起きているのだろう?子供が100%死亡する程の性染色体顕性遺伝する病、それも胎児死亡でなく新生児が死亡する遺伝病など聞いたことがないし、ありえるのだろうか?それもたかが300年で。とても遺伝だけでは説明できない。必ず裏があるに違いないと確信していた。

 その時彼はふと妙な事を思い出した。幕多羅と房の国の人々は、白人には違いないが、異なる人種に見えたことと。更に幕多羅には老人が少なかったことだった。


「それでは眠るとするか。おい!」


 神火は部下に目配せをした。部下は菊池とレイヨの腕にロープを回した。眠る時は、菊池達は後ろ手にロープをかけられると、手近の木に縛りつけられた。かなり寝苦しいが仕方がない。しかし疲れていた二人は間もなく深い眠りについていた。



 明方、レイヨは微かな物音で眼を覚ました。まだ夜明け前の暗闇の中だったが、周囲に何かがいる気配がした。複数の影が自分達の周囲を取り囲んでいる。


「タカ・・・」


 いきなりら後ろから彼女は口を塞がれた。


「静かにしろ。姿勢を低くして頭を庇っておけ」


 神火であった。菊池も既に目覚めており、異常に気がついているようだった。神火は腰の剣を抜いて菊池達の戒めを解くと、静かに離れていった。レイヨには何が起きているのか全くわからなかった。しかし直ぐに菊池が来て彼女を地面に伏せさせ、自分の身体で覆い庇ってくれた。彼の鼓動や呼吸が彼女の背中に伝わってきた。



 神火は屈みながら周囲を確認した。野営地の焚火は燃えていたが、見張り番の姿が見えなかった。既に排除されたようだ。

 辺りの気配から自分達が囲まれているのがわかった。彼は静かにゆっくりと敵の方に近づいていった。神火には苦手な戦法だったが仕方が無い。

 渦動は隠密行動には不向きな力である。渦動口を開いた者同士は、ある程度近づくとお互いに察することができるし、開いてなくても術者の能力次第では探索が可能である。特に強い『殺気』は防ぎようがない。ラッパを吹きながら相手にナイフを向けるようなものだ。また暗闇では渦動光は人目を引く。淡い光だが、今のような深闇ではかなり目立つ。そのため渦動師達は正面戦を好み、暗殺・夜襲などは卑戦として蔑んでいる。

 今、神火達を囲んでいるのは適応者だと彼の『6感』が教えていた。20人近くの気配がした。適応者が渦動師に正面戦を挑んでも勝ち目はない。渦動だけでなく、元々の基礎体力が違いすぎるのだ。飛び道具や毒は有効だが、神火レベルには効果は限定的である。つまり彼らが神火に勝つには、奇襲か暗殺しかない。この慎重な囲みから考えると、敵は神火の存在を知っているようだ。もしかしたら、菊池達の奪還ではなく、自分を狙っての夜襲の可能性もあった。毛の国か、匙の国、または房の国から追っ手があっても驚きはしない。そういう人生だ。いつもなら喜んで相手をするが、今は事情が異なる。菊池たちお荷物がいるし、8人の部下も蘇芳刑務所の所員で兵士ではない。

 そこで神火は相手の裏をかいて、隠密行動、つまり卑戦による各個攻撃で数を減らす作戦に出た。敵の配置には作為を感じる。まず我々の進行方向の南から敵を分断するのが得策だ。当然戦力を厚く配備しているだろうが、今なら問題はない。

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