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共生世界  作者: 舞平 旭
逃避行
150/179

ハイキング

 菊池達は蘇芳刑務所を脱出した後、計画通り、の国の国境付近の村に向った。イドリの息のかかった場所である。村は北部の山間にあるため、馬車での移動はできず、一行は馬車で街道を約10キロほど西に進み、そこで御者と別れて森に入った。山道を徒歩で約3日の行程である。彼らは馬車に4日分の水と食料、ナイフと弓、野宿のための天幕などを用意しておいたが、マシカが死に、菊池とレイヨの体力は予想外に低下していたため、イドリは全てを運ぶことはできないと判断した。そこで彼はテキパキと必要最小限に荷物をまとめ、残りは御者に頼んで馬車に残しておくことにした。


「親父さん、食料それだけで大丈夫かい?」


 クナハはもったいなさそうに尋ねた。


「がはは。2日分もありゃ大丈夫、大丈夫。俺にまかせておけ。荷物が重くちゃ追っ手から逃げられん」


「追っ手・・・」


 シコーの足が一瞬止まった。確かに追っ手がかかることは間違いない。命からがら刑務所から逃げ出したばかりだったので、あえて考えないようにしていたが、果たして逃げ切れるのだろうか。五人のうち二人は病人と言ってもよく、シコーは山歩きなど余りしたことはなかった。クナハは慣れているようだが女性だ。イドリは山人で壮健だが、病み上がりの老人だった。シコーは急速に不安が募ってくるのを感じた。

 確かに菊池の身体はボロボロだった。AELウィルス感染による発熱を繰り返していた上に、左手は手の甲を砕かれ、中指も折れていた。添木を当てて固定したが、かなり腫れていた。顔面も鼻骨が折れ、擦り傷や火傷などは、それこそ無数にあった。

 山道は思った以上に体力を消費する。それに途中に山越えもいくつかある険しいルートだった。特に満身創痍の菊池には、3日間もの登山は、無謀としか言いようもない計画に思えた。そこでイドリは30分毎に5分の小休止、1時間毎に10分の大休止を入れ、イドリのそばに菊池を置いて、彼のペースに合わせた。菊池とシコー以外は山歩きには慣れていたため、これはかなり遅いペースだった。


「菊池、大丈夫か?」


 大きな荷物を軽々と背負いながら、イドリは尋ねた。


「すみません。僕のために。もう少しならペースを上げてもなんとかなります」


「がはは。無理をするな。まだ追っ手は来ていないだろう。それに少し山も登らねばならんコースだ。今からばててどうするんだ?森は魔物だ。舐めてかかると命を落とすぞ」


 菊池は脇にいるレイヨを見た。彼女もかなり衰弱しているはずだが、足取りはしっかりしていた。その後ろにはクナハとシコーがいたが、重い荷物を持たされたシコーは、口を半開きにしてヒーヒーいいながら歩いていて、横でクナハが彼を小突きながら発破をかけていた。二人の姿は、とても逃亡者には見えず、仲間と共にハイキングに来ているカップルのようだった。



 彼らは日没前に高台を見つけ、天幕を張った。イドリとクナハは慣れたもので、テキパキと働いていたが、シコーは危なっかしい手つきだった。


「バカ!風上から張るのよ」


「杭は張り綱と直角に!」


 クナハはシコーをビシビシ使っていた。


「痛!」


 杭を石で叩いていたシコーが、誤って手を打ってしまった。


「バカ!気を付けなさいよ!本当に仕方ないねぇ」


「クナハさーん。骨が折れたかも」


 彼は半べそをかきながらクナハに手を差し出した。


「あんた医術師でしょ?こんなの唾つけときゃなおるわよ」


 笑いながら、彼女はシコーの手を引っ叩いた。シコーの悲鳴が上がった。



 天幕を張り終わると、クナハは焚火で食事の準備を始めた。この世界では一般的な携行食である、乾燥肉と米、干し芋そしてイドリが採ってきた山菜を使って雑炊を作った。


「美味い!」


 シコーとイドリは夢中で雑炊を口に叩き込んでいた。菊池は口の中を切っており、かなりしみたが、確かに美味しかった。


「菊池!なにしけたツラしてんのよ!まずいの?」


 口に入れるたびに顔をしかめている菊池を見て、クナハか話しかけた。


「いや、とても美味しいよ」


「だったら、もっと美味しそうな顔しなよ!失礼じゃないか!ねえ、レイヨちゃん」


 レイヨは皿に顔を突っ込むようにしながら夢中で食べていたが、クナハに話を振られて食べるのを中断し、匙を菊池に向けて口をモグモグさせながら話し始めた。


「そうなんですよ、タカヨシって少し暗いんです」


「僕は暗くないぞ。君が明るすぎるんだ」


 一同は久振りに笑った。



 食事が半ば済み、シコーが片付け始めると、クナハは大小二つの天幕を指差して言った。


「所で、天幕は男と女で分かれるんだろ?大きい方が女ね」


「えー、あっちは3人じゃ狭いですよ。ねえ菊池さん」


 シコーは大げさな態度で菊池に助け舟を求めた。


「ああ。確かに狭い。イドリの親父さんとくっついて寝るのは嫌だな」


「ふーん。なら私と代わるかい?私はシコーと寝るからさ」


 クナハは腕を組みながら菊池に答えた。菊池とレイヨ、なぜかシコーも赤くなった。


「オイオイ、ワシはどうなるんだ?野っ原で寝るのか?老いぼれを虐めるなよ」


 みんなで心から笑った。昨夜の事がまるで夢だったようだ。しかしマシカが死に、多くの犠牲者を出したであろう蘇芳刑務所での騒乱は、全て現実である。ただ、皆は考えないようにしていただけだった。特にシコーとクナハにとって、それは必要不可欠なことだった。

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