大の字
更に近づくと、樹木の隙間から何かが見えた。眼を凝らすと、地面で何かが這いつくばっていた。
獣ではない。
女が仰向けに倒れて両手をバタつかせているのだ。
「トヒセ!」
テルネは傍らに駆け寄って彼女の身体を見ると、わずかに顔を歪めた。
「テ・・・ルネ・・・さ・・・ん」
そう言うと、トヒセはくわえていた笛を落として吐血した。
彼女の下半身は『裂けて』いた。足がまるで臍から伸びているように腹部は縦断され、両足は左右に大きく開かれて爪先は頭側を指し、あり得ない程足が長く見えた。手を横に伸ばしてもがく姿は、まるで『大』の字そのものだった。ミニスカートも下着も真っ二つにされ、腹部があった所は血液に満たされ、僅かに脈動していた。骨盤が分断されている。墮人鬼の攻撃はそれ程凄まじいということである。流れ出した大量の血液は、大地に吸収されてどす黒く凝固しはじめていて、スリクよりも前に襲撃された可能性が高かった。
テルネはトヒセの上体を膝に抱え、トヒセの手を握った。
「大丈夫、トヒセ」
テルネは回術を行うか一瞬悩んだが、止めておくことに決めた。
彼女は助からない。
新人とは言え渦動師である。アエルにより除痛はされている。その証拠に、彼女の視線は虚ろで酔ったような濁りがあり、軽度縮瞳していた。腹部大動脈が離断されている筈だが、失血死していないのもアエル以外にはない。
だがここまで損傷しては助からない。これ以上テルネが出来ることはないし、苦痛を長引かせるだけだ。
「ば、化物・・・気を付けて・・・」
「わかった。もういいのよ。貴女の闘いは終わったの。楽になりたい?」
トヒセは濁った眼でテルネを見つめると、握った手に力を込めてから微かに頷いた。
共生者は、特に渦動師は不幸だ。死にたくても簡単には死ねない。即死させるには頭部を破壊するしかない。
トヒセとはわずかの間だが付き合いがあり、放っておく訳にもいかない。
しかし、トヒセの『芽』はこの考えには反対のようだ。盛んに『天生』を望んでいるのが、彼女の手を通じて伝わってきた。天生は成功すれば強大な力が手に入ると言われている。しかし成功率は極めて低いため、実際に行った渦動師など見たことは無い。共生者がそのようなリスクを犯すことはまずない。
「ゴボッ」
トヒセが再度吐血した。テルネは彼女の汚れた口を手拭で綺麗にしてやると、腕を組ませて大地に横たえた。
「・・・とうさん・・・かあさん・・・」
トヒセの口が微かに震えた。
「攻性変換」
テルネの右肩の樹状痕が淡くオレンジ色に光った。そして数秒後にはトヒセの頭部がプワッと白い煙に覆われた。
「さようなら」
テルネは立ち上がると、トヒセだった『モノ』を残し先に進んだ。
風が吹き煙が霧散すると、トヒセの頭部があった部分は、下顎の一部を残して綺麗に消失していた。赤黒い断面には大量の白い粉末がついており、一滴の血液も滴ってはいなかった。