木の枝
「ほほう。テルネはやはり感づいているようだな」
コウラはテルネとスリクのやり取りを聞いてつぶやいた。
「どうしますか。単独行動の命令を出しますか?」
シンクは無表情に尋ねた。
「いや、余り露骨なのはいいよ。テルネのお手並み拝見といこうじゃないか。それに、このままじゃ彼女も手持ち無沙汰だろう」
「ですが、それでいいのですか?」
「ああ。かまわないよ。それはそれで面白い」
コウラは低く笑った。
間も無くテルネはスリクとの合流地点に到着したが、彼の姿は見えなかった。
「スリク?どこだ?」
緊張が走った。
敵と遭遇したのか?
そうでなければ彼がいない理由がつかない。
周囲を警戒しながら一歩一歩進んでいった。周囲には何の気配も感じなかった。
カサカサカサ
「奴か!」
テルネは左手を剣の柄にかけると音のした方に身構えた。しかし何もいない。風が葉をこすり合わせるわずかな音にも、テルネは反応していた。
周囲の気配を探ったが、スリクも敵も近くにはいないようだ。待ち合わせの場所を勘違いしたのかもしれない。このまま北に向かえば合流できるだろう。
だが移動しようとした時、彼女はスリクを見つけた。
丁度、彼女の頭の高さに水平に延びた、太い木の枝の上に、彼は乗っていた。顎から上だけの姿になって。
「スリク・・・」
水平の枝には、スリクの頭部から流れた血液が滴り、複数の赤い帯が描かれていた。付近には渦動を使った形跡はなく、無くなった顎から下も見当たらなかった。墮人鬼が持ち去ったのだろうか。
テルネは周囲を警戒しながら、死臭漂うこの場所から北ではなく西に向かって進むことにした。命令違反だが、森は視界が遮られ、戦うには不利だと判断したのだ。もう少し開けた場所、湖の周囲の方がいい。スリク程の手練がやられたのだ。それも一瞬で勝負がついている。渦動を使った形跡もないのだから、不意打ちを喰らったのだ。北に向かえばスリクの二の舞いになりかねない。コウラは湖に墮人鬼が向かっていると考えて作戦を練っているのだから、西の湖で待ち構えていても大きな問題はない。
しばらく歩くと、前方から虫呼が聞こえた。消え入りそうな音で、助けを求めている。
かなり近い。
彼女は警戒しながら音の場所に向かった。
音の場所に近づくと、注意深く周囲を探ったが、薄暗い森の中に獣の気配はしなかった。
そのまま音のした地点に向かうと、前方に微かな気配を感じた。
何かがいる!
剣に手をかけ、足音を忍ばせながら音のする方に向かった。
近づくにつれ、鼻腔を嫌な臭いが満たし始めた。
血の臭いだ。