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共生世界  作者: 舞平 旭
脱出
137/179

北関戦争

 天照帝が房の国を建国して170余年、国内は乱れていた。

 時の皇帝、神明帝は賢帝とは言い難く、奸臣の専横を許すこととなっていた。更に神明帝が帝位簒奪者であること、簒奪されて斬首された神土帝が臣民から敬愛されていたこと、加えて実質上ナンバー2である庵羅が、力による恐怖体制を敷いたことも国内の乱れに拍車をかけていた。

 当時の陸軍長官だった仁岐志ニギシが、クーデターを計画したのも驚くには当たらない社会状況だったと言える。結局、クーデターは探索組に知れる所となって未遂に終わり、仁岐志は命からがら北部に逃亡した。北部部族を頼ったのである。


 房の国には地方豪族と呼べる勢力が多数存在していた。元は皇族も豪族で、それを統一したのが房の国である。地方は中央に恭順を示してはいたが、それは地方の自治権をある程度認めることで得られた危ういバランスで成立しており、中央は彼らの動静に常に注意していた。

 その豪族の中でも最も独立意識が高いのが北部だった。彼らは房の国の北部の山岳地帯に住み、独自の文化圏を形成していた。北部部族の勇猛さは有名で、中央も容易く手出しはできなかったが、元来は温和な人々で、敢えて房の国と対立しようとはせず中立を保っていた。

 しかし仁岐志討伐から発した争いは、北部部族の独立戦争にまで拡大し、『北関戦争きたせきせんそう』が勃発した。この内乱の後、北部は『もうの国』として独立するに至ったのである。

 それはクナハが16の時のことだった。



 クナハ達の村は、北部、現在の毛の国の領土内にあった。北部部族ではないが、独立独歩の気運は高い土地柄だった。

 そこに突然、仁岐志が逃げ込んできた。房軍は『叛徒』と呼んでいたが、仁岐志軍には北部部族にツテはなく、知己であるこの村の長を頼ってきたのだった。仁岐志は猛将で有名だったが、臣民に対し思いやりもある人物で、多くの将兵に人望があった。村長も彼に恩義があり、村に匿うことになった。この判断の是非は歴史家の判断に任せるが、数日で村は仁岐志を追ってきた房軍に包囲されることとなった。

 共生者は戦う時は中途半端なことはしない。相手が女子供だろうと容赦することは少なく、多くは全滅戦となった。

 そして御多分に洩れず、村は叛徒と供に全滅した。



 村には煙臭と共に死臭が満ち、至る所で炎が煙と螺旋を描きながら立ち昇っていた。道々には多くの屍が所狭しと散らばっていた。


「シクラ!こっち!」


 クナハは妹の手を引きながら、炎に包まれた村を彷徨っていた。


「きゃっ」


 シクラは道に横たわる真っ黒に焦げた丸太につまづいて転んだ。


 ずりゅうっ


 咄嗟に、丸太に着いたシクラの手のひらに、何やら異質な感覚が伝わり、そのままツルリと滑った。


「ひーっ!」


 丸太の黒い表面は、シクラの手のひらによって皮がずりむけ、その下からは、生々しい半生の肉が現れた。


「シクラ、急いで!」


 クナハは尻餅をついていた妹に手を貸して立たせると、先を急いだ。早く逃げなければ。



「うへへ。いいもの見つけたぜ」


 直ぐ脇から房軍の兵士が二人現れ、彼女達の進路を妨げた。


「若い女はみんな焼肉になっちまったのかと思ったぜ」


 兵士の一人は彼女達を見て舌なめずりをした。


「おい、殺すなよ。小さい方を俺にくれ、俺に!」


「おめえ、趣味悪りいな。別にいいぜ。お姉ちゃん、仲良くやろうや」


 そう言うと、兵士の一人はクナハに向けて剣を突き出して威嚇した。クナハは震えるシクラを抱きしめて庇ったが、彼女自身も震えが止まらなかった。彼女は共生者の戦いのスタイルを、嫌という程知っていたからだ。


「へ、兵隊さん、お願い。妹は見逃して・・・私はどうなっても構わないから」


 クナハは震える声で話しかけた。


「おねぇちゃん!」


 シクラは姉に強くしがみついた。


「お姉ちゃん、泣かせるね。いいぜ、お前が俺達二人の相手をしてくれるんならな」


 クナハは一瞬たじろいたが、


「・・・いいよ」


 と静かに答えた。声の震えは止まっていた。


「おねぇちゃん!」


「いいから、あんたは向こうに・・・」


「いや、ダメだ。お前は妹の目の前で犯されるんだ」


 兵士はシクラを指差すと、


「お前、逃げたらおねぇちゃんがどうなるか、わかるな?」


 と凄んだ。そしてクナハに命令した。


「お姉ちゃん、まず服を脱いで貰おうか?」


「!」


 クナハは両手で身体の大切な部分を押さえると、頬を上気させ、動けなくなっていた。


「おい、返事が聞こえないぞ?俺のお願いが聞こえなかったのか?」


「・・・はい、わかりました」


 男達は剣を置くと、彼女に近づいてきた。その時クナハの瞳が光った。


「シクラ、逃げて!」


 クナハは手近な兵士の股間を思いっきり蹴り上げた。男は呻き声を上げながら、股間を抑えて前のめりに倒れこんだ。そして彼女はその兵士の剣を拾い上げ、もう一人に斬りつけた。兵士は辛うじて彼女の剣を避けると、自分の剣を拾い上げて彼女に対峙した。


「このあま!舐めたマネしやがって!ぶっ殺してやる!」


 兵士は剣を振るってきた。凄まじい打撃に、剣で受けたクナハの身体が揺れた。体勢が崩れた所に、兵士は蹴りを放った。蹴りはクナハの横腹に入り、彼女は吹き飛ばされた。

 剣が手から離れる。懸命に拾おうとしているクナハを尻目に、落ちた剣は蹴り飛ばされ、彼女の首筋に剣先が当てられた。万事休すである。


「お姉ちゃん、舐めたマネしてくれたな?お前をぶち殺して妹で楽しむか?」



 目の前に立っている兵士により仰向けにひっくり返されたクナハは、首先に押し付けられた剣に怯え、長い睫毛がわなないていた。剣先は、彼女の長く白い首筋をなでるように動いていた。


「動くと危ないぞ。へー、お前、まだ芽が無いのか」


 兵士はクナハの首から剣先を下に這わせると、ブラウスの胸の部分を切断した。白い下着に覆われた胸が、大きく揺れながら現れた。


「おお、良い眺めだな。どれ、下も拝むか」


 剣先は、胸の谷間からゆっくりと下降しながらスカートを切り裂いていった。切り裂かれた部分から徐々に白い肌が露出していった。クナハは恥ずかしさに顔を背けた。


「へへへ。殺すには惜しいな」


 スカートを切断した剣は、再び彼女の首に目標を定めた。


「いいか、次に逆らったら殺す。妹もだ。わかったか?」


 クナハは涙を浮かべながらゆっくり頷いた。


「へへへ。よし。動くなよ」


 クナハは覚悟した。



 その時、背後で呻き声が発せられた。股間を蹴り上げられてのたうちまわっていた兵士の声だった。クナハの前に立っている兵士は、反射的に後ろを振り返った。


「ぐぅっ」


 いきなりその兵士の背中に剣が突き刺さると、胸まで突き抜けた。兵士の胸から血液が流れ落ち、彼女の白い腹に赤い水たまりができた。兵士の背後には、剣を兵士に突き刺している男がいた。胸を貫いた剣を、男はグルリと半回転捻った。


「ぐりゅっぐっ」


 と、声とも言えない音を吐き出しながら、クナハをいたぶっていた兵士は絶命して脇に倒れた。


「大丈夫かい、君?」


 死体から剣を抜くと、男はクナハに近づいてきた。股間を蹴り上げられた兵士は血液を撒き散らしながら痙攣していた。クナハは死体から這い出ると、急いで血塗れのブラウスの前を閉じて下着を隠した。


「ゴメン、ゴメン。これで身体を拭いてから早く着なさい。私は向こうに行ってるから」


 男は照れ臭そうにそう言うと、懐から取り出した手拭いを彼女に渡すと、その場を離れて行った。

 男は房軍の皮鎧をまとい、腕には仁岐志軍であることを示す紋章がついていた。皮鎧は特注品なのか、みぞおちから脇腹にかけて銀の飾りがほどこされていた。ブラウンの長髪で、かなりがっしりした体格だった。

 クナハはボタンの無くなったブラウスの前をヘソの辺りで結び、切り裂かれたスカートは巻きつけてから腰で結んだ。大きなスリットが入った巻きスカートのようだ。動くと下着が見えてしまうが仕方が無い。


「いいかい?とにかく安全な所に移動しよう」


 姉妹は手をしっかり繋ぎながら、無言で男の後についていった。



 3人は村外れに焼け残っていた、大きな屋敷に入った。中は無人だった。正確には人は沢山いたが、全員、生命が失われていた。

 三人は奥の間に行くと、床に座って一呼吸ついた。


「よし、暗くなるまでここで隠れよう」


 男はウトクと名乗った。鎧を外した体はたくましく、戦闘のためだろう傷が身体のあちこちにあった。年齢は50近いのだろう、髪には白髪が混ざっていた。しかし恐ろしそうな雰囲気はなく、愛嬌のある笑顔を二人に向けていた。


「飲みなさい」


 水筒を二人に差し出した。クナハは少し考えると、シクラに飲むように促した。喉が渇いていたと見えて、彼女はむしゃぶりつくように飲み始め、直ぐにむせ混みはじめた。


「ははは。落ち着きなさい。水はこの家にもあるから」


 ウトクから携行食を分けてもらい、三人は空腹を僅かだが癒すことができた。


「・・・ウトクさんは常世の人?」


 クナハは尋ねた。


「いいや。私は稲庭いにわの方の出だよ」


「そう言われてみれば、少し南の訛りがあるかも」


「ははは、そうかい?都住まいが長かったんだけどね。所でご家族は?」


 クナハは突然表情を曇らせ、頭を左右に振った。


「・・・そうか。悪い事を思い出させてしまったね。私も本隊と離れてしまったんだ。逃げる途中に誰かに会わなかったかい?私以外の兵隊とか?」


「随分前に会いました。初めは私たちを逃がそうとしてくれてましたから。でも直ぐに敵が現れて・・・」


「ああ。私もそこにいたからね。そうか。それじゃ、どうするかな。まあ、とにかく暗くなったら村を抜け出して、北に向かおう。奴らも北では戦い辛いはずだからな。それまで少し休んだ方がいい」



 三人はその場で楽な姿勢を取り、仮眠を始めた。ウトクは壁によりかかったままの姿勢で休んでいた。眼はつぶっていたが、寝てはいないようだった。シクラは寝息を立てていた。しかしクナハは眠れなかった。眼をつぶると昼間の地獄の光景がまぶたに浮かんできた。房軍の兵士に串刺しにされた両親の顔が浮かんできた。


「・・・ウトクさん、寝てますか?」


 クナハは尋ねた。しかし目線は彼の方は見ず、天井を注視していた。


「・・・うん?なんだい?寝れないのか?」


「・・・私、とても怖かった・・・私・・・あんなこと・・・」


 天井を見つめたクナハの眼から涙が溢れ、頬を伝わり落ちた。ウトクはクナハに近づくと、頭をやさしく撫でてやった。


「・・・クナハ・・・だったよな?・・・いいか、泣きたかったら思う存分泣くんだ。涙が出るうちは泣き続けるんだ。泣きたくても泣けなくなる前に」


 クナハは涙に濡れた眼でウトクを見上げた。ウトクは優しく微笑んでいた。


「私には娘がいたんだ」


「いた?」


「ああ。死んだ。もう8年になるかな。まだ3つだった。私はこの通り兵隊だ。所属部隊は常世に配置されていたので、年に数回しか家には帰れなかった。

 冬のある日、ありゃ凄く寒い日だったな。休暇を貰って、娘への土産を持って村に向かった。村まであと1日ぐらいの所で、旅人から妙な噂を聞いた。私の村が山人やまうどに襲撃されたというんだ。私は全速力で村に向かった。それこそ、口から心臓が飛び出しそうになるぐらい走ったよ」


 ウトクは言葉を切った。何かを噛みしめるように。


「・・・全滅だった。

 誰も生きちゃいない。

 山人達も略奪を終えて、ほとんど引き揚げてしまっていた。

 私は家に向かったが、真っ黒な炭以外、何も残ってはいなかった。狂ったように叫びながら、私は村中を探した。残っていた数人の山人を叩き殺したが、殆ど憶えていない。

 そして、見つけた。

 村人達の無惨な成れの果てを・・・。

 娘も妻もそこにいた。

 妻は犯されて心臓をえぐられていた。娘の身体・・は、結局見つからなかったよ」


 ウトクはため息をつくと、胸から折り畳んだ子供の着物を取り出した。華やかな色の着物だったが、胸のあたりには赤黒いシミがあった。


「山人は適応者が多い。やつらは共生者のように残酷ではない。しかし、最近は我々の真似をする・・・。自分達が招いた結果なんだが・・・」


「ウトクさん・・・」


「私たち共生者は精神が強い。

 確かに強いよ。

 でも所詮は人間だ。

 家族が惨殺されればおかしくなる。私は気が狂いそうになったよ。

 ・・・だが泣けなかった。

 悲しかったが、涙はでなかった。

 そして殺しまくった。村に残っていた山人だけじゃ物足りない。山人の村に押し入って殺しまくった。女子供容赦なくね。お陰ですっきりしたし、出世もした」


 彼は頭を押さえた。


「私は山人を虐殺したが、気が狂った訳でもない。冷静に計画を立てて抹殺したんだ。別に私達には不思議なことじゃない。

 だが、私達は何処かおかしい。

 そう思わないか?

 それとも、私が狂ってしまったのかな?」


 ウトクは笑っていた。クナハには答える術がなかった。


「君は今泣いている。芽がないからだ。

 だが間もなく君も泣けなくなる。

 これは私たちの宿命だ。

 今のうちに泣いておくんだ。

 後悔しないように泣くんだ。

 そして笑うんだ。

 人間は泣くことができるから笑えるんだよ。

 泣ける君は・・・まだ笑えるんだ」


 彼女にはウトクの微笑みは、どこか暗く寂しいものに見えた。

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