姉妹
クナハの妹、シクラは彼女より2つ下だった。小さい頃から泣き虫で、クナハはいつも妹の世話をしてやらねばならなかった。友達に泣かされてはクナハが仕返しに行き、逆に男の子を泣かせていたため、村ではクナハは『男女』と呼ばれていた。
ある時、何時ものようにシクラが泣かされて帰って来ると、クナハは何も聞かずに飛び出していった。そして、広場にたむろしていた少年達の背後から、
「あんた達、よくも、シクラをいじめたわね!」
とどなった。
「なんだと?」
少年達が一斉に彼女に向き直った。その顔を見て、クナハは自分の浅はかさを呪った。今回の相手は悪かった。少年のリーダーは、村の大地主の息子で、クナハの両親はこの地主の小作として雇われていたのだ。決して戦ってはならない相手だと知ったクナハは、それ以上何も言わずに、ただ相手を睨んでいるだけしかできなくなった。
「おい、男女。何しにきた?まさか、俺に何か文句でもあるのかよ?」
リーダーの少年は彼女を突き倒した。彼女は少年を睨みながら、ゆっくりと立ち上がった。
「なんか文句あんのか?お前、生意気なんだよ」
少年は彼女の腹に蹴りを放った。彼女は前のめりになって倒れた。そして倒れた彼女を、少年達は名々小突き回した。彼女は歯を食いしばって必死に耐えていた。しかし、
「おねぇちゃん!」
と舌ったらずな声が聞こえると、クナハは少年達を突き飛ばして、声の方に走って行った。
「何しに来たの!早く逃げな!」
だが、少年達の方が動きは早く、彼女達の退路は断たれてしまった。
「おー痛え。お前ら、立場わかってるのか?いいのか、俺たちに逆らって?」
リーダーの少年は、クナハに突き飛ばされた肩をさすりながら近づいてきた。クナハはシクラを庇うように前に出た。
「妹に手を出したら許さない!」
「へー。どう許さないんだ?」
リーダーの少年の目配せを合図に、他の少年達がシクラの髪を掴んで引き寄せた。
「シクラ!」
クナハが妹に気を取られている間に、リーダーの少年はクナハの腹にパンチを叩き込んだ。うめき声をあげながら、彼女は膝から崩れ落ちた。
「おーし、裸にひんむくか!」
リーダーの少年は、再び彼女の腹に蹴りを加えてきた。息が強制的に吐き出され、胃液が逆流した。涙が溢れ、クナハの視界はぼやけていた。
「おねぇちゃーん!」
遠くで妹の泣き声が聞こえた。
「シ・・・クラ」
クナハはシクラの方に手を伸ばしたが、その手は少年の一人に踏み潰された。
その時、大きな声が辺りに響いた。
「おい!お前ら、何やってるんだ!」
全員が声のする方に振り返った。声を発した少年は少し離れた高台に立っており、足元には白い犬が座っていた。
「なんだ、マシカ、文句あんのか?」
リーダーの少年が威圧するようにマシカを睨んだが、彼は全く気にする様子もなく、犬と共にゆっくりと少年の前までやってきた。
「見てわからねぇのか?お前は関係ねえだろ?引っ込んでろよ!」
「そうはいかねえな。女の子に暴力を振るうクズはみのがせねえ」
マシカは腕を組みながら、薄笑いを浮かべていた。
「なんだ、やるのか?お前みたいな弱っちい奴が、俺達にかなうのかよ!」
「そりゃかなわねえよ。でも心配しなくていいぜ!ハツ!やれ!」
マシカの号令と共に、いきなり足元で大人しくしていた白い犬が飛び出してきた。ハツと呼ばれた犬は、リーダーの少年の腕に噛みつき、そのまま地面に押し倒した。
「いてー!」
少年は叫び声を上げながら泣き出し、必死に犬を振り払おうとした。
「助けてくれ!痛い、痛いよ!」
マシカは少年の傍に立ちながら、
「ハツ、やめ!」
と命令した。ハツは直ぐに少年から離れると、マシカの足元まで下がった。少年達は泣きべそをかいているリーダーを担ぎながら、一目散に逃げて行った。
「大丈夫か?」
マシカはクナハに声をかけた。クナハは涙を拭くと、ゆっくり立ち上がった。しかし、マシカに返答するよりも早く、シクラが泣きながら走り寄ってきた。
「おねぇちゃん、ゴメンね。ゴメンね。私のせいで。ゴメンね」
シクラはクナハに抱きついた。
「シクラのせいじゃないよ。私が馬鹿だったんだ。それに、ほら、全然大丈夫。奴らのなんか、全然効いて・・・いてて」
クナハは無理して急に動いたため、痛みに顔をしかめた。
「おいおい、無理するなよ。お前ら家どこだよ?送ってってやるよ」
「ありがとう。マシカ・・・だっけ?助かったよ」
「別にいいよ。奴らには借りもあったし。それに、お礼ならこいつに言ってやってくれよ。こいつがいなかったら助けなかったよ」
そう言うと、足元の白い犬の頭を撫でた。
「ありがとう、ハツ」
クナハがハツを抱きしめると、ハツはクナハの顔を舐めた。
「はははは」
これがマシカとの出会いだった。マシカの家は裕福で、クナハの境遇とはかけ離れていたにも関わらず、3人はこれ以降、良くつるんで遊んだ。
村が壊滅するまでは。