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共生世界  作者: 舞平 旭
脱出
134/179

計画開始

 既に季節は晩夏に変わり、狂ったような暑さは影を潜めてきていた。しかしまだ夜は蒸し暑く、夕からの雨のためにジメジメとした不快な夜だった。


「これは困ったな」


 男は愛馬のたてがみを撫でてやっていた。馬は元気が無く、呼吸も荒い。少し熱もあるようだ。黄白色の鼻水が見られることから感冒だろう。雨が降っており、このまま歩かせてはこじらせてしまうかもしれない。何処か暖かい場所で馬衣でも着せて休ませてやらなければ。

 地方豪族の鎮圧が終わり、常世に帰るだけの身だったので、慌てる必要がないのは幸いだった。昨日、部隊を部下に任せて別行動をとった矢先に馬が調子を崩してしまった。やはり誰か、空武でも連れてくれば良かったかもしれない。だが個人的な用向きに部下を使うのは嫌だった。


「もう少し頑張れるか?」


 男は優しく馬の手綱を掴むと、ゆっくりと歩き始めた。この先に確か刑務所があったはずだ。そこならば厩舎と馬師がいるだろう。

 ずぶ濡れの身体を包む渦動師の鎧には、肩の所に赤い狼の形の炎のマークが刺繍されていた。



 シコーは暗い雨の中、マシカの手引きで刑務所に入った。当然、刑務所の訪問記録にシコーの名前が残らないように細工をした。シコーは大量の爆弾を抱えながら、回療室の女性更衣室で待機することになった。今夜、ここを利用するのはクナハだけのはずだった。


「クナハさん、大丈夫でしょうか」



 シコーはクナハに連れられて更衣室に入ると、心配そうに尋ねた。ここにはロッカーが5個ぐらいと中央にテーブルと椅子が配置されており、ちょっとした休憩ができるスペースがあった。


「大丈夫、大丈夫。計画通りにやれば」


 そう言いながら、彼女は服を脱いで白衣に着替え始めた。シコーは声にならない声を上げると、真っ赤になって後ろを向いた。


「何よ、そんなに恥ずかしがって。この前、私の裸、のぞいたでしょ」


 彼女は制服に着替えながら、意地悪そうに彼の後ろ姿を見ていた。


「そ、そんな。のぞいてなんかいません」


「まあまあ。それより、貴方も着替えておいて」


「はい」


 シコーはマシカが用意した看守の制服と制帽に着替え始めた。爆弾設置の際に管理棟内を移動しなければならないためだ。確認されれば直ぐにバレてしまうだろうが、何もしないよりはましである。

 クナハは白衣に着替え終わると、鏡の前で化粧を直しながら考えていた。時間がタイトな計画だが、やってみるしかなかった。所員の数は20名そこそこであり、囚人は優に300名はいる。そして化物に火災だ。20名で抑えられはしないに違いない。応援がくるまで、数時間はかかるだろう。問題は、菊池やレイヨに計画を伝えることができなかったことだった。



「そろそろ準備しとこうか」


 日付けが変わると、彼女達は注射器の準備を始めた。共生者は適応者よりも明らかに薬物耐性が強く、毒の効果は少なかった。しかし高容量を投与すれば効果は十分ある。また麻酔薬やある種の化合物に対しては適応者よりも弱かった。クナハは看守対策に、静脈麻酔薬を用意していた。ベンゾジアゼピン系に分類される薬剤で鎮静作用が強い。この薬は特別製で、筋肉注射でも静脈注射と効果は変わらず、投与後1分以内に薬効を発現する。


「こんなもの、使わないで済めばそれに越したことはないけど」


 ポッリとクナハが呟いた時、いきなり回療室のドアが叩かれた。


「クナハ。俺だ。いるのか?」


 二人は飛び上がらんばかりに驚いた。警備主任のタリハの声である。今夜は当直ではないはずだった。


「あ、タリハさん?どうしたの、こんな時間に」


「なんで鍵をかけているんだ?いいから、開けろ!叩き壊すぞ!」


 タリハの声は明らかに酔っていた。彼は酒癖が悪く、本当に扉を破壊しかねない。


「わ、わかったから、ちょっと待って」


 彼女は慌てて机の注射器を片付けると、シコーに持たせ、使われていないロッカーに彼ごと押し込んだ。


「声を立てちゃダメよ」


 クナハはウィンクすると、麻酔薬を詰めた注射器を一つ掴んでからロッカーの扉を閉めた。


「クナハ!」


 クナハが扉の鍵を開けると、勢いよく扉が開いた。タリハの眼は濁り、明らかに酔っていた。


「ど、どうしたの、タリハさん。飲んでるのね」


 しかし彼は無言のままズカズカと中に入り、いきなりクナハを抱きしめた。彼女はタリハに室内に押し込まれながら、きずかれないように注射器をストッキングの中に隠した。


「分かってるだろ?クナハ。俺はお前が好きなんだよ。これ以上、俺を焦らすな」


 クナハはシコーのいるロッカーに押し付けられる格好になり、大きな音を立ててロッカーが軋んだ。そしてタリハはクナハの首と耳に口付けをした。


「い、イヤ・・・タリハさん。ら、乱暴にしないで」


 彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、あまり抵抗はしなかった。タリハは部屋の真ん中にある机の上の物を手で薙ぎ払うと、クナハを抱えてその上に横たえ、彼女の上に覆いかぶさった。


「俺のモノになれ、クナハ。悪いようにはしない」


 胸が揉みしだかれ、クナハの口から吐息がもれた。彼女は必死に堪えると、彼の両手に自分の手を絡みつけて、優しく制止した。


「もう・・・乱暴なんだから。分かったわ。私もあなたが好き。私が優しくしてあげる。あなたが下になって」


 そう言うと、彼女はタリハと身体を入れ替え、タリハの上になった。そして悪戯っぽい顔をして彼の顔に右の胸を押し付けた。タリハは歓喜しながら、必死に乳房を白衣の上から愛撫し始めた。彼女はさりげなくストッキングの下から小さな注射器を取り出すと、キャップを外して逆手に握った。


 彼女の口元が少し上につり上がった。


 普通、医療従事者は逆手に注射器を握ったりはしない。しかし今は一瞬で薬液を注入しなければならないのだ。彼女はゆっくりと注射器を男の肩に向けていく。これを注射してしまえば、すぐに動けなくなる。簡単な仕事だ。



 その時、遠くで助けを呼ぶ声が響いた。


「誰か!菊池が大変だ!誰か!」


 その声にタリハは反応すると、彼女を押しのけるように上体を起こした。


「何事だ?」


 ドアの方を見た彼の目に、クナハが注射を握っているのが映った。


「おい、何だそれは?」


 クナハはすかさず注射器を振り上げてタリハを襲ったが、彼は彼女の手首を掴むと逆に捻りあげた。


「ああっ」


「何だと聞いている!」


 クナハは逆の手で抗い始めたが、タリハは直ぐにその手も押さえると、体を入れ替え、彼女をテーブルの上に組み伏した。


「嫌!」


 タリハはクナハの手を二度、三度とテーブルに打ち付け、注射器を床に落とさせた。


「あ!」


 彼女は床に落ちた注射器を目で追いながら、自分の顔から血の気が失せていく音を聞いたような気がした。

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