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共生世界  作者: 舞平 旭
蘇芳刑務所
133/179

計画

 シコー達三人は、毎日のようにカエル亭に集まって脱獄計画を練っていた。今日は夕方から集まったため、まず夕食を取ることになった。


「そう言えば、マシカさん達カエルに慣れてきましたよね」


「飯の前に嫌なこと言うなよ。別に好きになった訳じゃねーよ。やっぱり生理的に受付けねーけど、近寄らなけりゃ問題ねえ」


「はいはい、ゴハンがまずくなるようなこと言わないの。おまたせー」


 クナハが料理を乗せた大皿を卓袱台ちゃぶだいの上に置くと同時に、二人は奪い合うように自分の皿に料理を取って食べ始めた。クナハは料理がうまく、シコーは彼女の料理に舌鼓を打っていた。


「いや、クナハさんて、本当に料理うまいですね」


 シコーは口一杯に頬張りながら感心していた。マシカはすぐに自分の皿を平らげると、大皿からお代わりをよそった。


「だろ、こいつの料理は昔から村一番だったよ」


 マシカも口一杯に頬張って話していた。大皿の料理は瞬く間に皆の胃袋に収まっていった。


「ありがとう。でも幸せな結婚はできそうにないわ。こんなことやってちゃね」


 クナハは両手を軽く上げた。


「この仕事が終わったら落ち着けばいいさ。食堂でも開けば儲かるぜ」


 マシカは箸を彼女に向けながら、何度も頷いた。隣のシコーも、皿の食事をかきこみながら頷いていた。


「まあ、嬉しい。あんたが金出してくれるの?」


 ブッとマシカは吹き出した。


「そんな金があるわけねえだろ」


「本当にケチな男だね。そこいくとシコーちゃんは懐が大きいから、お姉さんを幸せにしてくれるだろ?」


 シコーも吹き出した。ご飯粒が鼻腔に入り、涙を流しながらむせ混んでいる姿を見て、クナハとマシカは笑い出した。



 食事が終わると、3人は計画を話し始めた。


「もう誤魔化すのは無理ですよ。医術師も変に思い始めてます」


 シコーはため息をついた。シコーの今の所の仕事は、イドリの病状を悪く報告することで、彼の刑の執行を遅らせることだった。しかしそれにも限界がある。その限界は確実に近づいていた。


「ああ。実行は予定通り5日後の夜明けにする。それまで何とか頑張れ。クナハのお陰で、俺は怪しまれないで夜勤になれたし、逃走は例の薬屋のおっさんが助けてくれることになった」


 マシカは真面目な顔で答えた。

 5日後は物資を搬入する日だった。この刑務所には搬入口がないため、月に1回の搬入時だけは、深夜1時に正門が開放された。そして管理棟の前庭に荷馬車の列ができるので、一度納入が始まれば、簡単には閉門できない。看守達も巡回と荷物の搬送を指導しなければならないので手薄になるので、脱走するには最大のチャンスだった。そのためには、マシカとクナハは当日に夜勤である必要があった。クナハは看護師同士で勤務を決めるために、調整は比較的簡単だったが、マシカは警備主任が決めるために、計画が露見しないように夜勤に組み込まれるのが難しかった。特に搬入日の当直は仕事が多いために嫌がる看守が多く、下手に夜勤を願いでれば疑惑を抱かれかねない。そこで、クナハが警備主任のタリハに接近し、公表前の当直表を改ざんしたのだった。


 3人は卓袱台に置かれた刑務所の略図を前に、計画を再確認した。

 彼らの脱出計画はこうだった。前日の夕方、シコーは管理棟1階にある回療室に隠れる。午前1時の搬入が始まった後、マシカが管理棟2階の看守控え室から監房の鍵を手に入れ、1階の回療室の二人に渡す。1時半、火災を起こすための時限爆弾を、マシカが監房棟に、中庭や管理棟にはシコーとクナハがセットする。午前2時、物資の搬入が半ばまで終わった頃にクナハ特製の爆弾を爆発させて火災を発生させる。その混乱に乗じて囚人を解放し、イドリと菊池、そして菊池の彼女を助ける。逃走は、刑務所に医療品を搬入している業者の一人にイドリの知合いがいて、彼が手伝ってくれることになった。6人は医薬品業者の3台の荷馬車に隠れて脱出する。潜伏場所は房の国の手の及ばない場所、毛の国との国境付近の村にした。ここもイドリの息のかかった場所であった。こうして段取りを組んで行くと、シコーはイドリの力につくづく感心した。隠れ家までは直線距離で40キロメートルほどしかないが、山間を越えて行くルートになるため、3-4日はかかるだろう。6人分の食料や山歩きの道具が必要だった。


「クナハ、爆弾は出来たか?」


「ええ。バッチリよ」


 クナハはテーブルの上に無造作に爆弾を置いた。二人は慌ててテーブルから離れた。


「あらまあ、肝っ玉の小さい男達だね」


「・・・おいおい、大丈夫だろうな?」


「大丈夫よ。そんな簡単には爆発しないわよ」


 ケラケラと彼女は楽しそうに笑った。クナハの特製爆弾はナパームの一種で、爆薬の周囲に油を染み込ませた綿が巻かれていて、爆発と共に周囲に火の粉を撒き散らして延焼させるようになっていた。


「でも、遅延は1時間ね。それ以上だと、誤差がでちゃうわ」


「てことは、午前1時に板を抜くのか。結構時間ねーな」


 マシカは爆弾を見つめながら、しばらく考えていたが、クナハに再び質問した。


「この爆弾、燃えないようにして、鉄格子をぶち破れるか?」


「そりゃ火薬を増やせばできるけど、マシカ、どうするの?」


「実はいいネタがある。お嬢さんのいる階の上、つまり地下2階に研究室があるんだ」


 お嬢さんと言うのは、レイヨのことである。


「そこに昨日の夜に何かが運び込まれた」


「何がよ」


「それが、化物らしい」


「化物?」


 シコーとクナハは同時に答えた。


「ああ、運び屋に知り合いがいてな。さっき捕まえて話を聞いてきた。あんな動物は見た事がない、と言って震えてたよ。箱檻に入ってたからよくはわからなかったし、渦動師が3人も同伴したから、そんなに詳しくは見れなかったらしいがね」


 マシカは両肘をテーブルにつき、両指を伸ばしてヒラヒラさせながら話続けた。


「唸り声は森主もりぬしみたいで、檻に体当たりすると、四頭荷馬車が傾くぐらい凄かったらしい。これは使えるぜ。こいつを逃がしてから火を付けるんだ。上手くいけば、混乱の責任もこいつが取ってくれる。だが動物舎の鍵は研究者が別に保管しているから、爆弾で鉄格子を破るしかない」


 マシカは上機嫌で話していたが、クナハは徐々に不審そうな顔をし始めた。


「だけど、監房棟の地下二階に仕掛けるんだったら、あんたがやるしかないんじゃない?そしたら看守控え室の鍵、どうすんのさ。あんたがそんなことやってたら、誰が鍵、取りにいくの?」


 監房棟と管理棟は1階の階段室でのみ連絡しており、そこには必ず看守が一人常駐していた。そのためマシカは自由に通れるが、管理棟にいるクナハたちは簡単には通ることができなかった。下手なことをすれば時前に発覚する可能性が高い。つまりクナハたちは監房棟の地下にある研究室にはいけないのだ。マシカが地下に爆弾を仕掛け、看守控え室の鍵を盗み、監房棟に爆弾を仕掛けるなど、1時間でできるはずがない。


「そりゃ、お前たちにやってもらうしかない」


「ええ!」


 シコーとクナハは同時に声を上げた。刑務所の鍵は管理棟2階の看守控え室に全て保管されていた。同じ階にいる二人は、物理的には可能だった。


「無理無理無理。だって、人がいたらどうするんだい?」


「大丈夫、大丈夫。搬入時なら誰もいない。それにいたとしても、例の薬でイチコロだ」


 マシカは笑いながら話していたが、二人には全く笑える話ではなかった。




「あの・・・火なんかつけたら、怪我する人がでませんか?」


 シコーは恐る恐るマシカに尋ねた。前にこのことをマシカにぶつけてみた時は、マシカに酷く叱責されたが、どうしても火をつけることに不安があった。


「馬鹿野郎!何度も話しただろう?みんなを助けるためには多少の犠牲は仕方が無いんだよ。なんでも綺麗に済めば苦労しないんだよ!」


 マシカは怒ってプイと後ろを向いてしまった。項垂うなだれるシコーの肩をクナハが優しく抱き寄せた。


「シコー、大丈夫。そんなに酷い事にはならないよ。囚人は火を付けたらすぐに逃がすからね」


 シコーは弱々しくクナハを見つめた。


「クナハさんは強いですね」


「私が強いなんて・・・。そんなことないわ。私なんて・・・。あなたがもしそう感じるなら、それは私が幽霊だからかな」


「幽霊?」


 シコーには意味が全く分からなかった。しかし、これ以上彼女に追求するには、彼は若すぎた。



 三人は夜中まで計画を練り直した。


「こんなもんでどうだ?」


「うん、いいね。シコーはどう・・・あらら」


 シコーはテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。クナハは毛布を出してかけてあげた。


「可愛い寝顔ね。こういう所は、やっぱりまだ子供ね」


 クナハは自分のグラスを開けた。


「なあ、こいつを巻き込んでよかったのかな?」


「わかんない。でもシコーも望んでるし、この子がいなけりゃ上手くいかないよ」


「まあ・・・そうだな」


 マシカも杯を開けた。


「所で、例の物は付けたか?」


「爆弾に?ええ。一応付けといたわ・・・でも、絶対使わないでね」


「そりゃ使わないさ。だけどな、俺達がやろうとしていることは『そういう種類のこと』なんだよ。だがシコーには言うなよ。こいつには理解できねーからな」


「ええ。分かってる・・・」


 マシカはグラスをクナハに差し出し、酌をしてもらった。やや濁った液体がゆっくりとグラスに注がれた。


「所で、警備主任の方はどうだ?」


「奴は私にメロメロ」


 クナハは悪戯っぽく笑った。


「あんまり調子に乗るなよ。もう適当に扱っておきゃいい」


「大丈夫よ。しつこいけど、もう会わないから。なんなら、その化け物のネタも取ってこようか?」


「あんまり男を舐めない方がいいぞ」


「あら、あんな男、なんでもないよ。それとも私の魅力を疑うの?いざとなったら奥の手だって・・・」


「いいから、無理するな。処女が粋がるんじゃねえよ」


「な!・・・」


 クナハは真っ赤になって顔を引きつらせると、口をつぐんでしまった。マシカは笑いながら酒を一口飲んだ。


「お前って、昔から自分のこと言われるのに弱いな。別にもう化け物のネタはいいから。無理するな」


「うん・・・ありがとう。マシカもね。まあ、あんたは昔から無理しないから大丈夫か」


 二人は笑いあった。


「ひでえな。お前がやり過ぎなんだよ。大体、昔からシクラのことになると・・・」


 その途端、クナハの表情に影が差したのを見て、マシカは慌てて謝罪した。


「あ、ご、ごめん。うっかり口が滑っちまった」


「ううん、いい。もう大丈夫よ。でも人生って本当に不思議ね。村で遊んでいた頃は、将来は農家のお嫁さんになって、子供作って平凡に暮らすんだと思ってた」


「お前が?お嫁さんに?そんな感じじゃなかったけどな」


「もう、茶化さないで・・・。でも、平凡な人生なんて耐えられないとも思ってたの。でも、まさか刑務所に看護師として忍び込んで、爆弾作って、男を誘惑してるなんて想像すら出来なかった」


 彼女は両手で自分を抱きしめると、小刻みに震え始めた。


「時々とても怖いの。この後どうなっちゃうんだろうと思うと・・・おかしいよね。私、10年前に死んだはずなのにね・・・」


「心配するな。計画は成功する。何があっても、お前とシコーは必ず守ってやる」


 マシカはクナハの脇に移ると彼女を抱きしめた。彼女はマシカの腕の隙間から、壁にかけてある子供用の着物に眼を向けた。どす黒い赤いシミが浮かび上がって見えていた。

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