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共生世界  作者: 舞平 旭
蘇芳刑務所
131/179

セールスマン

 ミナタが行動を起こした数日後、シタカが血相を変えて菊池の元にやってきた。彼がミナタを従えずに来たのは始めてのことだった。


「あなたは、ミナタに何を吹き込んだのですか?」


「何のことだ?」


 菊池はいきなりのシタカの来訪に、眉間をしかめた。今朝から発熱がぶり返し、酷い悪寒と頭痛がしていたのだ。


「とぼけないで下さい。皇太子の亡くなられたことで、何かをミナタに吹き込みましたね?それも私には話すな、と入れ知恵したのではないですか?どうしてそんなことを!」


 シタカは神経質そうな顔をひくつかせていた。今考えても忌々しい出来事だった。つい先程、彼は回術長に呼び出され、ミナタが菊池から聞いた話というのを問いただされたのだった。


「君は皇太子の亡くなられた原因を菊池から聞いたことがあるか?」


 回術長はシタカには言わない様にミナタから懇願されていたが、その話が余りに現実離れしていたため、現場のトップであるシタカに確認しなければ上に報告できなかったのである。シタカは回術長の前では適当に話を合わせて誤魔化したが、ミナタが自分を差し置いて回術長に報告したことを知り驚いた。ミナタが裏切ったというのか?だが、奴にそんな度胸があるとは思えない。背後に菊池が絡んでいるに違いないと考え、問い正しにきたのだった。


「回術長に呼び出されたか?気難しそうなおっさんだからな。それで詳しい内容は聞いたのか?」


 菊池は平然とした顔でシタカに語りかけた。


「く、詳しい内容?」


「・・・聞いてないのか?そうか・・・」


 回術長からは詳細は何も聞いていなかった。それよりも、知っているフリをするのに精一杯だった。


「・・・くくくっ」


 菊池はワザと思わせぶりに笑った。


「な、何がおかしいのですか?」


 慌てているシタカの口角には、泡のような唾液がたまり始めた。


「いや、何でもない・・・。そうか、聞いてないのか・・・。いや、参ったな」


 菊池は額に手を当てると、俯きながらシタカを見ていた。まるで笑いを押し殺そうとしているように見え、シタカに怒りの感情が湧き始めた。


「何だ?早く言って下さい!話さないと酷い目に合わせますよ!」


「わかった、わかった。そうかっかするもんじゃない。まず鎮痛剤をくれ。頭が痛くて話もできない。それと睡眠薬もだ。寝れないからな」


「あげたら教えていただけますか?」


 シタカは鞄を開けると中から薬の瓶を二種類取り出した。菊池は蓋を開けようとする手を止めさせると、瓶ごと有無を言わさずに取り上げた。


 まず一つ


 菊池はほくそ笑んだ。彼は以前、友達のセールスマンと飲んだ時の話を思い出していた。その男は昔から口がうまかったが、社会に出た後も常に地区売り上げトップをキープしていると豪語していた。売っている物は益にも害にもならなそうな健康食品の類いだった。そんな物が果たしてそんなに売れるものなのか、菊池には不思議だった。


「いいか、商品なんてなんでも良いんだよ。強いて言えば、売りが一つでもあって、その価値がはっきりしない物がいい。だから健康食品や健康器具が多いんだ。そして、人を自分の意見に従わせるには、まず小さなことでもいいから要求を飲ませることだ。ここから穴を拡げていけばいい」


「穴を拡げるって、どうやって?」


「そりゃ、不安か自尊心に訴えればいいんだよ。特に頭の良さそうな、お前みたいな奴はイチコロだな。あとは、自分のペースを作り、相手のペースを狂わすんだ。ははは。簡単だろ?」


「簡単?何が?僕にはオペの方が簡単だよ」


 日本の医師は金勘定に疎い者が多い。菊池にとって、セールスなどまるで他山の石だと思っていたが、こんな時に思い出すとは思わなかった。この世界に来てから医療に携わることがなくなり、かえって頭が冴えてきているような気がしていた。日常業務というルーチンワークから脱した為か、それとも何かが変わってきているのだろうか。菊池は当初からシタカを標的に考えていた。シタカの方がミナタよりも階級が上であることもあるが、シタカの共生者らしからぬメンタルの弱さを感じていたからだった。


 さて、ここからが勝負だ。


「これで満足でしょう?何ですか?早く教えて下さい!」


 シタカの声は菊池の考えを中断した。


 そうだ。上手くやるんだ。どんなことをしてでも、レイヨを助けるんだ


 菊池は顔に出さないように、自分に言い聞かせた。


「わかった。わかった。そう急かすな」


 菊池は解熱剤を一錠取り出して飲み込んだ。シタカは菊池の喉仏が上下に動くのをじーっと見つめていた。


「飲み終わりましたね?それじゃ・・・」


 菊池は手をシタカの眼前に上げて言葉を遮った。そして、少しの間を取った。シタカが苛ついているのが手に取るように感じることができた。


「いいか、つまり・・・つまり、ミナタは裏切ったと言うことだ」


「ミナタが?」


 シタカは眼を丸くして驚いた。


「ど、どういうことですか?」


「くくく」


 菊池は片方の口角を上げながら苦笑した。


「・・・それだけじゃない。回術長もお前の能力に疑問を感じている」


「な、なんのことですか?そ、そんな筈ないでしょう?何故この私が?」


「ミナタには国元に家族がいて、仕送りをしているのは知っているか?」


「聞いたような気がします」


「だから、彼は出世欲が強いってことだ・・・。僕と取引をしたんだ」


「ど、どんな取引ですか?」


 シタカは震えながら尋ねた。


「僕が欲することは良く知っているだろう?彼女の、幕多羅の女の逃亡の手助けだ」


 シタカは細い眼を、眼球が飛び出るほど見開いた。


「そんなバカな。だって・・・そんなことができる訳がありません。ええ。奴にそんな力も度胸もありはしません」


「信じる信じないは君の勝手だ。だが、何かあったのは事実だろ?」


 見るからに焦りが表出していたシタカだったが、今の菊池の話を聞くと、急に冷静になり暫く考え込んだ。


「・・・なんかおかしいですね。何故あなたはそんなことを私に話すのですか?私に話したら、計画は水の泡ではありませんか?危ない危ない。騙そうとしても、私はミナタのようにはいきませんよ」


 シタカは甲高い声で笑ったが、その顔色はまだ蒼白だった。菊池はその言葉を聞くと、再び笑みを浮かべた。


「さっきから言っているように、信じなくていいよ。ただ、もし真実が知りたければ、彼女の所に行って赤い匂い袋を持っているか調べたらどうだ?」


「匂い袋?」


「君も見たことがあるだろう?僕の唯一の私物だ。早く行ってこいよ」


 シタカは急に立ち上がると、監房を出て行った。



 シタカの頭はグルグルと疑惑が空回りしていた。自分自身は、影でコソコソやることが多かったが、他人にやられた経験はほとんどなく、それもこれほど悪意のこもったものは初めてだった。このままではまずいことになる。まず、菊池の言っていることが事実かどうか確かめなければならない。


 シタカはレイヨの監房に早足で向った。彼女の監房には何度も行ったことがあり、尋問にも立ち会っていた。レイヨの監房は最下層の地下3階で、彼女以外の囚人はここには収監されてはいなかった。地下3階は相変わらずジメジメして薄暗かった。こんな所に一時もいたくはなかった。監房の前で中を覗き込むと、部屋の隅で毛布に包まっている人影があった。看守に鍵を開けさせ中に入った。


「今日は、お嬢さん」


 毛布がゆっくり動き、レイヨがシタカの方を向いた。彼女はかなりやつれていて、髪も乱れていたが、眼にはまだ強い光が宿っていた。


「今日は伝言を伝えに来ました。菊地からです」


 するとレイヨはおもむろに毛布から起き出し、身体の正面をシタカに向けた。


「タカヨシ?彼は元気なの?病気はどうなの?どこにいるの?教えて!」


「慌てなくても、彼は元気ですよ。今日は彼からの伝言を伝えにきました。あなたに渡した匂い袋を、一度返して欲しいとのことです」


「・・・何故?」


「さあ、私にはわかりません。彼のことだから、何か考えがあるのでしょう」


 レイヨは少し考えてから、シタカに尋ねた。


「もし宜しければ、手紙を書いて中に入れてもいいですか?彼が元気づくと思うんです」


 シタカは少し考えた。ミナタは菊地と上手くやっている。菊池の機嫌をとっておくのもいいだろう。


「いいですよ、私が持って行ってあげますよ」


 シタカはポケットから紙と鉛筆を取り出し、レイヨに渡した。彼女は小さな紙になにやら書きこむと、匂い袋の中に小さく畳んで入れた。


「必ずタカヨシに渡してください。後生ですから」


「わかりました。お任せください」


 と言うと、シタカは監房を出ようとしたが、出口で振り返るとさり気なく聞いた。


「所で、この袋はいつミナタが持ってきました?」



「クナハさーん」


 シコーはいつもより早くカエル亭に着いたが、店内には誰もいなかった。


「あれ?買い物かな?」


 クナハは今日は非番であり、夕方に集まることになっているのだから、居ない訳はない。


「クナハさーん」


 二階にもいなかった。その時、裏庭の方で物音が聞こえた。シコーは店に戻ると裏庭に通じる扉を開けた。


「クナハさーん、何かおてつ・・・!」


 シコーは電気が走ったように、全身がしびれ、身体が硬直した。裏庭ではクナハがこちらに背を向けて水浴びをしていた。彼女の白い裸身は、締まってはいたが、艶かしい脂肪が蓄えられていた。背中には、赤くやや腫れた傷が、肩口から腰まで斜めに走っており、蛇が彼女の裸身に絡みついているようだ。水をかける動作の度に、彼女の身体は調和しながらしなり、蛇は蠢いた。シコーは真っ赤になって庭先で硬直していた。クナハは一瞬身体を隠して身構えたが、全てを理解すると、


「シコーちゃん?いいから、こっちに来て背中流してくれる?」


 と茶化してきた。


「い、いえ、す、済みません。な、中で待ってます」


 シコーは転がるように店内に戻ると、大きな音を立てて扉を閉めた。


「もう、意気地なしだね」


 クナハは笑んだが、腰に回した手が、背中の傷に触れると、物悲しそうな表情に変わった。


「見られちゃったな、シクラ・・・ウトクさん」

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