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共生世界  作者: 舞平 旭
浄化
122/179

矢織との戦い

「キネリ!」


 菊池は針の山に飛び込んでいったキネリに向かって叫んだ。渦動障壁は剣の攻撃などびくともしないはずである。周囲の誰もが、彼女が血迷って自殺するつもりだと確信した。しかし矢織だけはこの攻撃に感嘆した。


 大きく跳躍したキネリは、白く発光して針を伸ばしていた障壁に剣を振り下ろした。不思議なことに先程とは異なり、剣はすっと壁を通り抜けたかと思うとコツミの頭に食い込んでいった。刃は男の前頭部の骨を砕くき、大脳の前頭葉を分断し、上顎骨の上で止まった。起立していた男の身体は、剣に押されるように爪先立ちのまま両膝をつき、正座をするようにかかとに尻をついた。丁度、折り畳みナイフをしまうように。そして彼女は男の眼の前に着地した。


「ぶぐゃ」


 男は鼻から抜けるような音を漏らしただけで静かになった。彼女は遺体に足をかけると、剣を引き抜いた。コツミだったモノは、頭から体液を垂れ流しながら、正座をした状態で仰向けに倒れて行った。まるで天を仰ぐように。その時、彼女の背後から拍手が起きた。


「お嬢ちゃん。さすがだな。よく奴の技が見切れたものだ。分かっていても、針の山に飛び込むのは生理的に難しいがな」


 矢織は一人拍手をしながら立ち上がった。キネリは剣を握り直すと矢織に向き直った。



 コツミの渦動裂針は、要は『ブラフ』だった。彼は優れた能力を持つ共生者だったが、それは渦動師よりは回術師としての能力だった。渦動口が開く回術師も僅かだが存在する。彼もその一人で、それこそが彼の悲劇だった。渦動口が開いているのに回術師になろうという者は、極僅かしかいない。多くの若者は渦動師に憧れる。彼もその例に漏れず、憧れの渦動師になった。しかし攻性変換のパワーが弱く、渦動波の破壊力、戦闘継続時間共に平均を大きく下回っていた。そこで彼は得意の防性変換による渦動障壁と渦動裂針の組み合わせ技を編み出したのだ。明らかな防性技の渦動障壁と、明らかな攻性技の裂針が、同時に行われているという錯覚を作り出し、相手を威圧しようとしたのである。彼が世界に誇れる能力は、変換の切り替えが超人的に早いことだけだったのだ。つまり全てが『ブラフ』であった。変換時の光や裂針が生成される課程まで作り出す凝りようで、事実、キネリも一瞬騙されかけた。しかし彼女は二度目の攻撃で、裂針の威力の落ちに気がついていた。威力が落ちている、つまり渦動が消費されているにも関わらず、攻性変換で障壁を作り続ける必要があるのか?障壁を作り続けたいなら防性変換に切り変えればいいし、障壁を切って渦動波で戦っても有利なはずだ。無数の針が身体に命中し、ボロボロになった女の私を警戒しているとでもいうのか?いや、そうではない。奴はやはり『カタツムリ』なのだ。障壁は間違いなく防性変換なのだ。奴は渦動力が弱く、裂針などという渦動転移を使ったので疲れているのだ。それならば、いつ変換を切り替えている?間違いなく障壁が光り輝く時だ。彼女はこの自分の考えに賭け、針の山にその身を晒した。



「お嬢ちゃんは何故裏切ったりしたんだ?研療院の渦動師で、それ程の腕の持ち主だ。見た目も悪くない。十分に安定した生活だったろう?」


 矢織はマントを脱ぎながら訪ねた。しかし彼女は何も答えず、ただ菊池を一瞥しただけだった。


「ほう・・・男か」


「ち、違う!私が男なんか・・・」


「それにお前、そろそろ衝動を抑えるのが辛いのではないか?それ以上力を使うのは自殺行為だぞ・・・まあ良い。どうせ一度の人生だ。己の信念に狂ってみるのも一興だ」


 彼は上半身裸になると、腰の剣を捨てた。異常に盛り上がった筋肉に包まれた身体には、至る所に傷があった。まるで全身に荊の刺青が彫られているかのように。更に異様なのが、両上腕や肩に埋め込まれている銀色の釘だった。


 なぜだ?


 キネリには矢織の振る舞いが解せなかった。


 何故剣を捨てる?


 しかし彼は全く動じることもなく、攻性変換を行うと、ゆっくりと彼女に向き直った。キネリも女性としては背が高かったが、矢織と比べるとまるで大人と子供だった。


「おい、かかって来い。どうした、こっちは丸腰だぞ」


 軽い言葉とは裏腹に、矢織の全身から発散する強大な渦動力が殺気となり、まるで突風にように彼女に降りかかって来た。彼女は気に吹き飛ばされないように、全身に力を込めて身構えた。


「ははは。では来ないなら、俺から行くぞ!」


 彼はそのまま上半身を屈めると、アメフト選手のように彼女に突進してきた。彼女はそれをサイドステップで軽くかわした。土煙を立てて停止した矢織は、背を伸ばすと彼女の方を向き直った。


「お、素早いな。これは苦労しそうだ」


 キネリは矢織と対峙しながら、自分の足をちらりと見た。そして敵から眼を離さずに、剣を使って自分のタイトスカートの脇を腰まで切り裂いた。白いガーターストッキングに包まれた、彼女の鍛えられた大腿が露わになった。


「おい、今度は色仕掛けか?俺にはそんなものは効かんぞ」


 彼女は剣を両手から左手に持ち替えると、渦動口を開いた。オレンジ色の渦動波が淡く光り始めた。


「おい、デカイの。もう一度突進して来い。それとも女が怖いのか?」


 彼女は矢織のスピードを見切っていた。確かに早いが、あのぐらいなら十分にかわせる。向かってくる所に渦動波を打ち込めば勝ちだ。だが房軍の矢織は、百戦錬磨の猛将として名高い。剣技にも優れていると聞いていたが、それを捨てて素手と渦動で勝負をしようとしている。何かある筈だ。正面からまともに渦動を撃ち込んでも無駄だろうし、こちらから動いて隙を作るのは得策ではない。


「そうか。それじゃいくぞ!」


 再び彼はタックルをしようと突っ込んできた。彼女は渦動波の発射の準備をしながら、その場でしゃがみ込んだ。


「ははは!あきらめたか!」


 矢織はキネリを抱え込もうと、両腕を伸ばしてきた。しかし彼の腕が届く寸前に、彼女は両足を揃えながら空高く跳躍してバク転した。足を真っ直ぐに伸ばし、やや背は反った格好での宙返り、ムーンサルトである。空中で逆さになったキネリは、真下にいる矢織に、


「くらえ!」


 と叫び、矢織の背に渦動波を叩き込んだ。


「ズシン!」


 彼女の渦動波は彼の背中に命中すると、彼の身体を大地に叩きつけた。地響きと共に辺りに土煙と白煙が立ち上り、視界を妨げた。周囲を取り囲む兵士達の狼狽えている声が響いた。先ほどまで辺りを満たしていた殺気が消失した。


「やった!直撃だ!」


 着地すると、キネリは急いで菊池達の元へ向かった。この混乱している今こそ逃亡のチャンスである。大将首を取られた軍隊は、そう簡単には再編できない。特に共生者は。


「早く、今のうちだ!」


 視界の効かない中、キネリは2人のそばに走り寄ると、周囲の兵士数人を瞬殺した。


「菊池、さあ!」


 キネリは菊池に手を差し伸べた。その時、地の底から響く声が、彼女のすぐそばから聞こえてきた。


「お嬢ちゃん、まだ遊びたりないなぁ。もっと相手をしてもらわないと」


 狼狽えたキネリの首を、いきなり太い腕が掴んだ。


「うぐぅっ」


 土煙の中から現れた腕は、彼女をゆっくりと上に持ち上げていき、彼女の足先は大地より離れた。矢織であった。彼は彼女の右手首も掴んで捻り上げ、渦動を封じていた。


「ぐ、ど、どうして?」


 キネリは驚愕して眼を見開いた。

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