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共生世界  作者: 舞平 旭
浄化
121/179

裂針

「なに?」


 彼女は急いで足を止めた。カトラスはその足元の大地に突き刺さると、刃身をゆらゆらと揺らしながら、彼女の行く手を阻んだ。


「お前の相手は私で十分だ、小娘!」


 カトラスが飛んで来た方角には、一人の渦動師が立っていた。髪は短く刈り上げられ、中肉中背であるが筋肉が盛り上がり、腰には飛んできたカトラスの鞘が下がっていた。


「コツミか。まあいいだろう。お前が相手をしてみろ」


 矢織は、コツミと呼ばれた男に場所を明け渡すように退いた。コツミと呼ばれた男は薄笑いを浮かべながら、ユックリとキネリに近づいてきた。


「君とは一度戦いたいと思っていたんだ。矢織様、もしこの勝負に勝った暁には、この女を都に連行するまで私に下さい」


 コツミは彼女に背を向けて片膝を付くと、芝居がかった態度で矢織に願い出た。


「好きにしろ」


「有り難き幸せ」


 コツミはユックリと立ち上がると、再びキネリを見据えた。


「それではお嬢さん、お相手願いましょうか」


 そういうと、コツミは攻性変換を行い渦動口を開いた。


「渦動障壁!」


 男がゆっくりとだが渦動口を彼女に向けたため、キネリは急いで身構えた。しかし渦動波は飛来せず、彼の前で赤く光る壁が、まるで透明な半円の盾のように拡がった。


「ちっカタツムリか!」


 渦動障壁は物理的攻撃に対する盾である。渦動師同士の戦いでは単騎の正面戦、つまり一騎打ちを望む傾向がある。その際、防性変換で防御を行う者を邪揄して『カタツムリ』と呼ぶ。だが護りに入られると厄介だ。何故なら、渦動障壁は渦動波も中和してしまうからだ。キネリは左手に剣を持つと彼の盾に構わず切りかかった。


「シュリッ」


 彼女の剣は、盾の正面上部に当たると、スルリと横に滑り傍に抜けた。コツミはすぐに向きを変えると、距離を取った。やはり渦動障壁だ。剣では歯が立たない。これだけ硬いと渦動波でも困難だろう。だが奴も何もできない。障壁は内からも、外からも、蟻一匹通すことは出来ないのだ。唯一の隙は、障壁に覆われていない背後だが、簡単に背後を取らせてはくれないだろう。通常、渦動障壁は防性変換にて作成されるが、この男は確かに渦動口を開いている。非常識にも攻性変換で盾を作っていることになる。攻性変換では渦動障壁の維持にはかなりのエネルギーが必要で、そう長くはもたないはずだ。


「おい、カタツムリ!私に勝つとほざくなら早く殻から出てこい!」


 彼女は左手で剣を左右にクルクルと回転させてから正面に構え直した。渦動口は右手に開く場合が多い。そのため、共生者は渦動口をいつでも使えるように、幼い頃から左利きに矯正させられるので左利きが多い。彼女は児戯行動を行うことで相手を牽制した。こういうてらいには効果がある。


「くくく!よかろう!」


 コツミは不敵な笑みを浮かべた。彼女は剣を握り直した。あの状態では攻撃なとできるはずがない。必ず障壁を消し去る時があるはずだ。その時が勝機だ。彼女は何時でも攻撃てきる体制を整えた。キネリの持ち味は、身体能力、特に敏捷性である。身体が軽いことを活かし、相手の隙を見極め攻撃するのが必勝パターンだった。この間合いなら、切り替えた瞬間に断頭できる。


「喰らえ!渦動裂針!」


 コツミはそう叫ぶと、彼の右手の渦動口が赤い光を増した。その直後、障壁の表面から無数の針が生えてきたかと思うと、障壁の表面が白く輝き、無数の針が発射された。


「なに!」


 キネリは針を見た瞬間に後ろに跳躍し、剣と両手で顔面や胸部を防御した。針は音を立てずに一瞬で、半径10メートルの扇型の範囲を針山に変えた。跳躍中のキネリにも両手、両足はもとより脇腹にも針が複数刺さり、着地した時には長さ30センチ程の半透明のオレンジ色に輝く針で、彼女の身体はさながら剣山と化していた。針は先端から消失し、数秒後にポロリと身体から落ちると、多くは大地にたどり着く前に、ボロボロと崩れて無に帰した。キネリの身体には無数の針穴が残ったが、渦動の特徴から出血は僅かだった。


「グッ」


 キネリは膝から崩れ堕ちそうになったが、歯を食いしばって堪えた。身体全体が疼いたが、共生者は肉体的苦痛には強い。彼女は上着を脱いで両胸を掴むとゆっくりと深呼吸を行った。エンドルフィンの影響でややぼーっとしたが、痛みはかなり軽減した。回術は傷の周囲の血流を落とし、神経膜の活動電位の抑制により痛みを取る。その際に脳内麻薬のエンドルフィンの濃度を上げてしまうのだ。気を付けないと、戦闘では命取りになりかねない。そして再び剣を構えてコツミに向き直った。


「どうだ驚いたか?俺の攻撃には死角はないぞ!」


 障壁越しに歪んだコツミの顔は、悪夢に出てくる悪魔の笑顔のように見えた。



 彼女は確かに驚いていた。

 あの渦動障壁は、一体どうなっているんだ?針は渦動転移の一種だろう。硬質化されており、組織粒子化は接触した一部のみだった。あれが全て渦動波なら、剣を貫通し、足が無くなっているに違いない。しかし障壁を解かずに攻撃など出来るのか?そして本当に攻性変換で障壁を作成しているのか?エネルギーロスの多い攻性変換で、障壁など維持できるのか?奴は、途轍もないアエルを持っているとでもいうのか?


「よく喋る奴だ。とっととまた針を吐いてみろ、カタツムリ!」


 茜色の上着を脱いだキネリは、白いワイシャツと茜色のネクタイにタイトスカートという出で立ちだが、ワイシャツは所々穴が空き、煤と血液で汚れていた。スラリとした脚にも無数の穴があき、一部に血液が流れ、膝頭はやや震えていた。


「ふふ。威勢がいいな。俺は気の強い女が好物なんだ。諦めて降伏したらどうだ?慰み物にするのに手足はいらんから、斬り落としてやろうか?」


 コツミは舌舐めずりした。



 彼女は考えていた。

 何かおかしい。なぜ攻性変換でわざわざ障壁を作るのだ?もしかしたら・・・

 彼女にはある攻略が見えてきた。そのためにはもう一度、裂針を撃たせる必要がある。彼女は剣を降ろすとネクタイを外し、ユックリとコツミに歩み寄った。


「よし、その裂針とやらをまたやってみろ。私は無防備だぞ」


 コツミは彼女の行動に驚き、たじろんだ。


「狂ったか、女!ハハハ。それじゃ希望通りにしてやる!渦動裂針!」


 彼の渦動口が光ると、再び障壁が薄く光った。キネリは剣をくるりと回転させて、剣先を大地に突き刺すと、身体の左側を前に身体全体を縦に向けた。そして右足を大きく後ろに開いて姿勢を低く保った。可能な限り攻撃を受ける面を少なくしたのだ。無数の針が彼女に襲いかかった。多くは剣に跳ね返されたが、左大腿と脇腹に2~3本ずつ突き刺さり、1本は頬をかすめた。左脇腹の1本は脾臓に突き刺さり、不運にもそこで内出血が起こった。


 やはりそうだ。間違いない。奴は間違いなく防性変換を使っている。

 彼女は確信した。これならなんとかなる。しかし意志とは無関係に、彼女の膝が崩れた。


「ぐっ」


 彼女は左脇腹に手を当てるとアエルを集めた。回術の止血は末梢血管の収縮でおこなう。更に血管透過性も抑制し、一次血栓形成を促進する。しかし動脈性出血など大血管の場合はすぐに止血が困難な場合もあるが、それでも血流が低下すれば止血されるため、腹部大動脈を離断されても即死することはない。尤も出血多量となれば、動くこともままならなくなるが。また自分に対して回術を行う場合は、防性変換を行う必要はなく、ただ手のひらを損傷部位にかざせばよかった。それに戦闘中の今、攻性変換を解くのは自殺行為である。彼女の場合は脾臓損傷による出血だが、渦動波による損傷のため、傷口は体細胞粒子により埋められていることになり止血は容易であるはずだった。ところが、彼女の脾臓出血は思いの外激しく、大量の内出血が起きていた。これはコツミの渦動列針の性質に寄るところが大きい。渦動列針は渦動を物質化した渦動転移で作成されており、周囲がわずかに渦動波に包まれているだけのため、物理的攻撃により脾動脈が損傷したために出血量が多くなったのである。


 彼女は自分の身体の変調に気づいていた。

 このままでは、長期の戦闘には耐えられない。だが奴の技は見切った。なんとか早く次の裂針を撃たせなくては。

 彼女は立ち上がると、剣を肩に担いでコツミに向き直り、ゆっくりと近づいていった。


「お嬢さん、これ以上やっても無意味だと分かっただろ?剣を置いて俺の元に来い。可愛がってやるよ」


 コツミはニヤニヤしながら再び舌舐めずりをした。


「ふふふ。お前、見て分からないのか?貴様の攻撃は、私には効いてないぞ。そんなんで、私を満足させられるのか?坊や」


 彼女はゆっくりと、一歩一歩コツミに近づいていった。もう少しだ。もう少し。もう少し接近する必要がある。チャンスは一瞬だ。


「ははは。こりゃ、一本取られたぞ、コツミ!お前の粗チンじゃ、お嬢ちゃんは満足できないとよ!」


 矢織が笑始めると、周囲を取り囲んでいる兵士達も笑い始めた。コツミは顔を上気しながら叫んだ。


「上等だ!こいつ!ぶっ殺してやる!」


 コツミは渦動裂針の体制に入った。障壁から針が伸びてくる。障壁が白く光始めた。


「今だ!」


 キネリは大きくジャンプすると、コツミに対して渦動障壁の上から切りかかった。


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