表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
共生世界  作者: 舞平 旭
レイヨとの別れ
12/179

作戦不能

鈍い音と共に、生暖かい液体がトヒセの頭に降り注いできた。


血だ。

しかし自分のものではない。


恐る恐る眼を開けると、獣の太い臀部が目の前に見えた。

見上げると、墮人鬼が茂みの隙間から顔を出した勢子の口に鎌を突き立てていた。


「なんだ、なんだ?」


次々と勢子が顔を出してきた。逃げるでも悲鳴を上げるでもなく、彼らはポカンとした眼で獣を見つめていた。眼の前にいるバケモノの存在に、酔った頭がついて行けないようだった。

獣は嬉しそうに次々と獲物を仕留めていった。逃げ出す適応者を追い、投げ、切断し、突き、切り裂く。

酔いの醒めた男達の喉から振り絞られる悲鳴と血潮が辺りを満たした。



テルネは作戦通り、鬱蒼とした森の中を進んでいた。

その時に不意に虫呼が鳴った。混乱しているのか、短く『右翼』と二度繰り返しただけだったが、囮部隊の右翼に墮人鬼が食いついたということだろう。本隊の右翼にいるテルネからは、端同士に当たるのでかなり遠い。

続いてコウラの虫呼が鳴った。やはり平文だった。

囮部隊は湖畔の平地に向かって後退。

本隊両翼は遭遇地点に向けて移動し、本隊中央は湖畔に向かって前進するよう命令が下された。

湖に追い込むつもりだ。

テルネは命令に従って、囮部隊の右翼に向けて駆け出した。自分の位置から、戦闘に間に合うとも思えなかったが。



トヒセは周囲の死体を見ると屈んで嘔吐した。胃が痙攣しているが、もう吐くものも残されていないので余計に辛い。涙が絶え間無く流れてきた。


もう嫌だ。

これ以上進めない。


両膝がガクガクと震え、身体が立位を維持することもできなかった。

「大丈夫、私は大丈夫」

彼女は閉眼し、右手で胸を掴む。右手に自分の鼓動が伝わってきた。スーッと不安が拡散していく。


共生者の精神は強い。渦動師向きではないトヒセといえど、西暦世界の人々とは比べ物にならない強さを持っていた。

冷静さを取り戻すと左肩に応急処置をした。


墮人鬼はどこにいったのだろうか?


トヒセたちが獣に襲われた騒動で、勢子達が集まってきたのが幸いした。獲物が次々と現れたため、動けずにいた彼女には構わず、奴は逃げ惑う勢子達を惨殺していった。もしかしたら動かなかったのが良かったのかもしれない。猟人は逃げる獲物を仕留めることに高揚するものだ。


止血はできたが、左腕の感覚は無くなっていた。これ以上作戦の続行は困難と判断し、トヒセはゆっくり立ち上がると、一番友軍に近い北に向かった。

獣が襲ってきたことは、さっき虫呼で伝えた。本隊がこちらに向かっているはずだ。だがそれまでには時間がかかる。化物が引き返してくる可能性が高い。自分が生きていることは知っているのだ。このままここにいてはやられてしまう。移動しなくては。



15分程歩くと、トヒセは木の陰に座って休むことにした。もっと歩きたかったが、足が痺れてきて言うことを聞かなくなってきたからだった。

片肺のため息切れがひどいが、深い呼吸は胸の痛みのためにできなかった。そのため、どうしても浅い呼吸を多く繰り返すことになる。頻回に呼吸すると、呼気から二酸化炭素が多く排出されることとなり、血液中の酸性成分が少なくなる。結果、血液のpHがアルカリ性に傾くことになってしまうのだ。これを呼吸性アルカローシスという。アルカローシスになると、息苦しさは更に強くなり、吐き気や頭痛、手足の痺れなどの症状が現れる。ヒステリーに陥った若い女性などでよく見られる病である。

通常は息どめなどで治療するが、休憩により彼女のアエルは強制的に血中のpHを補正し始め、わずか数分で足の痺れは消失していた。

そして彼女は自分の位置を示す虫呼を吹いた。


これでいい。

私は運がよかった。

私はもう戦えない。

あの化物に片手で立ち向かうなど、むざむざ死にに行く様なものだ。


やっぱり自分なんて使い物にならなかった。これで渦動師に向いていないことがはっきりした。

この作戦が終わったら除隊しよう。そして回術師になろう。確か、サザキ様は渦動口が開いていた。そうだ。別にいいじゃない。私は人を殺めるより、治す方が好きだ。お父さんもお母さんもきっと分かってくれる。


その時、前方から何者かが近寄ってくる音がした。渦動師であることは見えなくても分かった。

テルネかもしれない。

そうだ、彼女が助けに来てくれたんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ