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共生世界  作者: 舞平 旭
浄化
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爆発

 メキソは眼前に広がる惨状に、我が眼を疑った。


「ルキソ!」


 敵がどこにいようが構わず、バラバラにされた遺体に走り寄った。


「ああ、ルキソ!」


 彼は弟の首を抱え込んだ。半開きの眼には生命の光は全く存在せず、皮膚は黄色いゴムの様に変わり果て、まるで出来の悪い人形の首ようだった。唯一、半ば開かれた口から覗く歯のみが、生前の面影を保っていた。


「ちくしょう!畜生!チクショウ!ぐぁー!」


 彼は弟の首を抱えながら仇を探し始めた。



 キネリは横目で菊池が導火線に点火したのを確認していた。だがまだ逃げ出すことはできない。小隊が自分を追ってきては、今迄の苦労が水の泡だ。それに目の前の軽装歩兵3人が厄介だった。渦動師ではないが、腕が立つ。渦動波を放てないように、右腕を狙われ続けていた。誰かの剣を受けると、他方が突いてくる。後ろに下がりたいが、囲まれてそうもいかない。気力は十分維持できていたが、肉体的には疲労が蓄積してきていた。

 その時、一人の兵士が狂ったように叫びながら、こちらに向かって疾走してくるのが見て取れた。しかし、彼女には遠くの狂人に構っている余裕はなく、眼の前の軽装歩兵達の対処に追われていたため、直ぐに意識を眼前に戻してしまった。これは明らかに彼女の失策だった。



 メキソの戦闘服は、胸から腹にかけてルキソの血に染まっていた。彼は左手で弟の頭部を抱えながら、右手で自らの顔を掴むと、天に向かって咆哮した。自分の中に湧き立つ力を制御できなくなっていたのだ。何かが自分の体内から溢れ出そうともがいている。彼は左手でしっかりと弟の首を抱えながら、ゆつくりと右手を前に伸ばしてキネリ達の方に向けると、腰を低く構えた。自分がこれから何をしようとしているのかさえ、彼は理解していなかった。ただ支配者である怪物に全てを委ねた。


「ぐあああああ!」


 彼の右手のひらの中心を赤黒い『棘』が皮膚を突き破って飛び出し、どす黒い5センチばかりの穴がポッカリと間いた。彼は髪を逆撫でながら、化物じみた、辺りを震わせる唸り声を上げ続けた。そして手の穴の前では、声に合わせて震えながら成長していく、オレンジに光る球体が形作られていった。

 キネリの背後の兵士が剣を振るってきた。彼女は横に回転しながら剣を避けたが、他の兵士が腰に向かってタックルをしてきた。充分回避可能だ。しかし彼女が回避行動に移ろうとした時、間近に渦動を感じた。


「何?渦動師がいたのか!」


 僅かに動きが遅れたため、キネリはタックルを避けることができず、男に腰を掴まれてしまった。


「しまった!」


 まさにその刹那、メキソは渦動波をキネリに向かって放った。巨大な光球はわずかに尾を引きながら彼女に向かって一直線に、ゆっくりと飛翔した。

 メキソのように渦動口の開く時期の遅い者は『ノロマ』と呼ばれた。数が多くないために不明な点も多いが、ノロマは渦動力が強いと言われている。メキソの放った渦動波は強力だった。


「キネリ!」


 菊池は床下から身を乗り出して叫んだ。渦動師が隠れていたのである。そして放った渦動波は、動きを封じられた彼女に真っ直ぐに向かっていくのが見えた。


「キネリ!」


 間違いなく、渦動波はキネリに命中する。腰を押さえられ、バランスを崩している彼女に避ける術は残されてはいなかった。菊池は盾も持たずにキネリに向かって駆け出して行った。生き残った弓兵は、穴から飛び出してくれた獲物に狙いをつけた。



 レイヨは炎と煙に燻る村を、赤ん坊を抱きながら彷徨っていた。先程までいた逃げ惑う人々の姿も疎らになり、彼女の周囲には、炎の作り出すノイズと赤ん坊の泣き声だけが残されていた。父親の死が彼女に与えた精神的ショックは計り知れず、茫然自失だったが、ただ父親の最期の指示に従い御宮に向かって歩いていた。


「お父さん・・・」


 レイヨの脳裏には楽しかった家族の団欒が浮かんでは消えた。10歳の時、家族で湖で釣りをした。餌の虫を気持ち悪くて付けられなかったので、お父さんに付けてもらった。


「レイヨは弱虫だなぁ。もう子供じゃないんだから。そんなんじゃ一人前になれないぞ」


 笑いながら餌を付けていたお父さんの後ろから、お母さんが、


「・・・私のも付けて下さい」


 と恥ずかしそうに竿をお父さんに差し出したっけ。でも一番釣ったのはお母さんで、お父さんはオケラだったから、少し不機嫌そうだった。

 煙が辺りを満たし始め、彼女はその場でうずくまってしまった。頭痛がして目の前がぼおっとしてきていた。


「もうだめ・・・。お父さん・・・お母さん、私、もう・・・タカヨシ・・・会いたいよ・・・タカ」


 彼女は、赤ん坊を庇う様に胸に抱きながら、深い闇に飲み込まれて行った。

 火災での死因は、焼死よりも一酸化炭素中毒の方が多い。練炭自殺などの原因もこれである。一酸化炭素(CO)は、酸素の少ない環境下での燃焼(不完全燃焼)時に発生するが、通常の燃焼でも発生している。無色無臭で、空気とほぼ同じ重さであるので空気中を漂う。吸引されて人間の体内に入ると、酸素を運搬するヘモグロビンと結合する。その結合力は、酸素の200~300倍と言われ、ヘモグロビンに酸素が結合するのを阻害し、酸素が運搬できなくなり、組織が酸欠となると考えられている。症状は軽い頭痛、吐き気や倦怠感から始まり、呼吸困難となり死に至る。一酸化炭素と結び付いたヘモグロビンはピンク色であるため、中毒者の肌は鮮紅色になる。



 メキソの放った渦動波は、射線上に立っていた歩兵の背中に命中し、腹の左半分を削り取った。しかし僅かに光球は小さくなっただけで、粒子煙を撒き散らしながら男の身体を突き抜けてそのままキネリに向かって直進した。

 キネリの腰を掴んだ男は、突っ込んだ勢いそのまま彼女を押し倒していた。彼女が倒れた一弾指後、光球は彼女達に命中し、白煙が立ち上った。


「キネリ!」


 菊池は森の中を走り抜け、敵の渦動師の背後にたどり着いた。その男はまるで脱け殻のように項垂れながら、両膝をついてこちらに背を向けて座っていた。


「こいつー!」


 菊池は男の背中に殴りかかろうとしたが、彼を狙って矢が放たれた。


 シュン!


 矢は音を立てて飛び出し、菊池の左上腕に突き刺さった。


「ぐあっ!」


 菊池は肩に激痛を感じ、姿勢を崩して頭から倒れ込んだ。経験したことがない、頭に響くような痛みに続き、腕の灼熱感と疼きが彼を襲った。痛みが全身を痺れさせた。項垂れていた渦動師は、菊池のことなど気がつかない様子でゆっくりと立ち上がった。そして再び渦動光を蓄え始めていた。菊池は懸命に男に腕を伸ばそうとしたが、身体は鉛のように重く、自由が効かなかった。


「キネリー!」


 菊池を射止めた弓兵は、次の矢を弓につがえていた。今度は正確に頭部を捉えていた。



 先にメキソの放った渦動波は、キネリの立っていた場所を正確に捉えていた。腰に軽装歩兵のタックルを受けていた彼女は、渦動波がグングンと自分に迫って来るのを直視した。直撃すれば、胸から上は無くなるに違いない。彼女は腰にしがみついている男の身体を抱えると、タックルの力に合わせて後ろに倒れ込みながら、その身体を持ち上げた。


「させるか!」


 彼女の叫びと同時に、白煙が彼女達を包み込んだ。光球は持ち上げられた男の下半身を引き裂くように消滅させていった。すると突然、彼女の腕にかかっていた男の重みが減り、彼女はその反動で後ろにのけぞった。そして男の身体を突き抜けて、渦動波が光を放ちながら、ゆっくりと彼女の鼻先を通過していった。キネリは多くの戦いを経験してきたが、これ程間近を渦動波が通過した経験は無かった。光球が通過した時、彼女の皮膚が見えない力に引っ張られ、ウブ毛が組織粒子化されたような感覚があった。そして渦動波はそのままキネリを超えて直進し、彼女の後ろにある木の幹を数本くり抜いて消失した。転倒後、キネリは余りの出来事に瞬刻忘我していたが、直ぐに状況把握をした。


「生きている。奇跡だ」


 彼女の腰にはしっかりと兵士がしがみついていたが、まだ生きていた。しかしこの男が助からないのは明らかだった。下半身はボロボロに引き裂かれており、左腰から下が消失していた。腰の大部分を失った右足は、ボロ切れのように身体にまとわりついているだけだった。男はまだ生きていたが、多分意識はないだろう。 残った1人の軽装歩兵は、驚いた面持ちでメキソとキネリを見比べていたが、直ぐに立ち直ると、まだ死体に掴まれたままの彼女に向かって、剣を構えてにじり寄ってきた。そしてメキソは再び渦動波を蓄え、発射態勢に入っていた。キネリは今度こそ死を覚悟した。何故自分がこんな縁もゆかりもない村のために戦い死んでゆくのか不思議だった。彼女は抵抗をやめ、そのまま仰向けに横になった。空を見上げると、木々の隙間から青い朝の空が見えた。空を見るなど何年ぶりだろうか。空がこんなに青かったとは知らなかった。


「まあ、いいか」


 多少の村人と菊池を助けることはできたのだ。



 その時、眩い光と怒号と共に、小隊の中心付近にあった油壺が爆発した。発火した黒色火薬は瞬時に回りの油壺を燃焼させながら吹き飛ばし、炎柱が巨大な蛇がのたうちまわるように広がった。爆心に近かった小隊の大半は爆風で吹き飛ばされて即死し、他の兵士には爆風とともに爆炎が降り注いだ。周囲は一面炎に包まれ、動植物を問わず全ての生物に死をもたらした。

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