父娘の別れ
「お父さん!お父さん!」
レイヨは床に這いつくばりながら、父のいただろう辺りの瓦礫の隙間に呼びかけていた。熱風や黒煙が彼女を襲ったが、むせ込みながらも狂った様に叫び続けた。しかし返ってくるのはゴウゴウという炎の唸り声だけだった。
「お父さん!いるの!答えて!お父さん!」
すると、瓦礫の中からかすかな声が聞こえてきた。
「レイヨ・・・。大丈夫か?」
「お父さん!」
瓦礫の隙間から父の指先が出てきたため、彼女は慌ててその手を両手で掴んだ。
「お父さん!私よ。大丈夫?怪我は?」
父はしっかりと握り返してきた。しかし直ぐに父は手を振りほどいた。
「レ、レイヨ。赤ん坊を、赤ん坊を受け取ってくれ」
ワツミは腕を引っ込めると、赤ん坊を隙間から押し込んだ。隙間はかなり狭いが、なんとか赤ん坊を引っ張り出すことができた。赤ん坊は煤で真っ黒になっていたが、元気に泣いていた。
「お父さん!早くお父さんも!」
レイヨは床に腹ばいになり、隙間に手を入れて、父の手を握った。
「レイヨ、お父さんは駄目だ。足が挟まって動けない。いいか、レイヨ。お前はその赤ん坊をつれて御宮に逃げるんだ。もう火は足元まで来ている。私のことはいいから、早く逃げろ」
レイヨは髪を振り乱しながら叫んだ。
「そんなのイヤ!駄目!お父さん!早く、早く出て来て!」
父は娘の手を固く握り返すと語りかけた。
「レイヨ、御宮には菊池君が待っている。・・・お前は彼が好きか?」
「・・・うん」
彼女はしっかりと頷いた。
「それなら彼について行くんだ。彼は強い男だ。彼ならお前を守ってくれる。ただ彼と結婚は・・・まあそんなことは、どうでもいい。お前はカンの鋭い娘だ。自分の信じる道を歩んで行きなさい。例えそれが困難でも、人から非難されても、自分が選んだ道を躊躇ってはダメだ。わかるな?」
「うん。わかる、わかるよ」
「レイヨ、幸せになれよ。お母さんを助けてあげてくれ。いかん!早く行け!」
そう言うと、ワツミはレイヨの手を離して押し出した。すると再び家が崩れ、ワツミの上に瓦礫がのしかかってきた。炎が今までレイヨがいた所にも達した。その時、炎の中から声が聞こえた。微かに聞こえる程度だったが、力強い声だった。
「レイヨ!早く行け!菊池君の元に!」
そして声は叫び声に変わった。
「お父さん!お父さーん!いやー!」
狂ったような彼女の叫びは、崩れていく家の轟音にかき消された。