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共生世界  作者: 舞平 旭
浄化
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炎の中へ

 村が炎に包まれる様子を丘から観察していたニミツは、時計を確認した。


「おい、南東側から虫呼は鳴ったか?」


 横にいた上級連隊長に詰問した。


「いいえ。定時を過ぎていますが、まだ連絡はありません」


 ニミツは完璧な『包囲』が崩れることを危惧していた。作戦がこの段階まで進んでしまえば、もう村人にはどうにもならない。どうせ逃げ道は無いのだから大勢に影響はないが、完璧主義者の彼は、少しでも計画に齟齬そごが出ることを病的に恐れていた。


「小隊を送り、直ぐに確認させろ!いいか、攻撃を受けない限り決して攻撃をしないように厳命しろ!」


 上級連隊長は敬礼をすると、直ぐに小隊に命令を下した。


「よし、お前ら!立て立て!出発だ!」


 兵士長がメキソ兄弟達の班に集合をかけた。村の外に集結していた彼等の小隊に、村の南東側の捜索の命令が下ったのだ。小隊長は分隊長を集め作戦を説明した。小隊長は今回が初陣の若者だったが、総兵士長は顔中傷だらけの歴戦の勇士で、下級兵士達の信頼も厚かった。


「敬礼!」


 総兵士長の野太い声が響いた。


「注目!」


 それを引き継ぐ形で、小隊長が話し始めた。


「こ、これから、我々は、む、村の南東の・・・」


 小隊長は緊張に声を上ずらせていた。兵士の中には笑う者もいたが、総兵士長の睨みで直ぐに凍りつくことになった。そして総兵士長が彼の後を繋いだ。


「いいか、野郎ども!これから至急、村の南東の爆薬設置場所の捜索に向かう。抵抗は無いと予想されるが、十分注意して遂行するように。もし村民を発見した場合、抵抗されなければ無視しろ。可能な限り戦闘は避けろとのご命令だ!だが抵抗された場合はかまわん!それを速やかに排除しろ!」


「はっ!」


 兵士達は一斉に敬礼を行った。



 小隊は村の外周に沿いながら、御宮に向かって行った。村を通って行く方が断然早いのだが、炎に包まれた村に入ろうなどと考える人間がいるはずもなかった。ルキソは軽装歩兵として斥候を、メキソは歩兵として後ろ備えを担当していた。二人とも初の実戦であり緊張で胸が高鳴っていたが、ルキソは特に興奮していた。この戦いで手柄を上げたかった。兄とは一応仲直りをした格好になっていたが、彼のプライドは傷ついたままだった。兄より自分の方が優れていると思って今まで生きてきたが、女を取られただけでなく、兄には渦動師の素質があるかもしれないのだ。自分は優れた人間だ。この戦いでそれを証明したかった。


「誰かいないか!」


 ワツミは家々を走り回っていた。逃げ遅れた人がいないか確認していたのだ。まだ火の回っていない家のドアを開けようとすると、頭上からシュルシュルと甲走かんばしった音が聞こえた。彼は反射的にその場で地面に伏せた。一瞬後に鈍い音がなり、土片が辺りに舞った。焼玉が入り口のすぐ上の壁を貫いたのだ。ワツミは直ぐに立ち上がると、庭に乾してあった、まだ湿っぽい布団を剥ぎ取ると、フレームの歪んだドアを蹴破った。先程の焼玉は土壁を突き破り、廊下の床に半ばめり込んで煙を立てていた。ワツミは急いで布団を焼玉にかけた。布団の下から『シュシュシュ』と水分が急速に蒸発していく音が聞こえた。


「誰かいるか!」


 ワツミは布団を乗り越え、家の中に入って住人を探し始めた。布団から煙がもうもうと立ち登り始めた。間も無く炎が上がるだろう。焼玉に対抗する唯一の手段は、濡れた布団で酸素の供給を閉ざして延焼を食い止めることだ。しかし彼一人では対抗しても、これだけ村中に火災が起きていては意味はない。とにかく早く避難させるしかないのだ。奥に老夫婦が震えて動けなくなっていた。


「大丈夫か?怪我は?」


 老人が首を横に振った。


「よし。それならこっちに急いで!今なら大丈夫だ」


 ワツミは彼らに手を貸しながら、脱出を急かした。


「次だ・・・」


 村は炎に包まれ、真夏の様な熱気に満ちていた。風向き次第では呼吸もままならない。それにワツミはクタクタだった。身体は煤で黒く汚れ、裸足の足からは血が流れ出し、あちこちに火傷を負っていた。とうに限界を超えていたが、気力のみで、かろうじて身体を動かしていた。気を許すと膝がガクガクと震えて歩けなくなりそうだった。

 その時、近くで女性の悲鳴が聞こえ、そちらに急いで向かった。炎が屋根にまで回り、パチパチと木が爆ぜる音に包まれた家の前に、女性が尻餅をついて座っていた。脚元には崩れた門が倒れていた。門が崩れた拍子に尻餅をついたのだろう。


「大丈夫か!」


「お父さん!」


 ワツミは我が目を疑ったが、そこには回療所にいるはずの娘の姿があった。


「レイヨ!なぜこんな所にいるんだ?怪我はないか」


「ええ。私は大丈夫よ。それよりあそこに!」


 レイヨの指差す方には、縁側があり、家の中を覗くことができた。家の奥、居間を抜けた台所の辺りには女性が倒れ、その腕の中で赤ん坊が泣いていた。周囲は火の海となっており、火はすぐそばまで迫っていた。二人は声の限り叫んだが、母親はビクリとも動かない。死んでいるのかもしれない。


「いいか、お前はここにいなさい。動くなよ!」


 ワツミは庭にあった桶の中の水を頭から被ると、炎の中に飛び込んでいった。


「お父さん!」


 ワツミは縁側から入り、真っ直ぐに親子の元に向かった。周囲は熱せられた空気と煙で息も困難な状況だった。彼は姿勢を低くして顔を腕で覆い、親子の元に這いながら辿り着くと、母親の頸動脈に触れた。拍動は触知できなかった。ワツミは赤ん坊を母親から受け取り、身体で庇いながら外に向かって這って進んだ。その差中、天井が崩れ始めた。


「お父さん!」


 レイヨは縁側に駆け寄った。父親と一瞬視線が交叉した。しかし、彼女の眼の前で火の粉を撒き散らしながら天井が崩れ落ちた。


「きゃあ!」


 レイヨは手で顔を庇った。火の粉が彼女に吹きかかり、髪や服を焦がした。ゆっくり眼を開けた彼女は、眼前の光景に驚愕した。庭に面した窓は完全に瓦礫で塞がってしまい、父親達のいた場所には、紅炎がその触手を伸ばし続けていた。


「お父さん!お父さん!」


 レイヨは泣きながら叫び続けた。

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