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共生世界  作者: 舞平 旭
浄化
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動き出した歯車

幕多羅を矢織が占領した頃、常世では大葬儀が粛々と行われていた。神明帝には、25歳の男子を頭に6人の子供がいたが、その4番目の男子が亡くなった。名は螺向らむきという14歳になる少年だった。彼は聡明で明るく活発な、美しい皇后によく似た好男子で、神明帝は溺愛し、周囲は将来を嘱望していた。その愛息子の死による皇帝の落胆は大きく、政務が滞るほどであった。

宮廷から、全国民に向けて喪に服すように通達がなされた。常世から街灯が消え、弔旗が揚げられ、房全土は沈鬱な空気に支配された。各師団にも軍事行動の即時停止と帰都が通達されたが、矢織達幕多羅駐屯軍は、そのまま任務を続けるように命じられていた。それには理由があった。



話は1年半ほど前に遡る。

始まりは螺向皇子に起きた軽い目眩だった。元来明るく社交的な性格だったのだが、徐々に外出しなくなり、感情の起伏が激しく、ふさいでいることが多いと思えば奇声を上げて周囲を驚かせた。息子の変わりように驚いた皇后は、宮廷回術師に診察をさせたが、明らかな異常は認められなかった。思春期に起きやすい心の病であろうと診断され、安定剤の処方で経過観察となった。

しかし螺向の症状はゆっくりと多彩に、かつ重篤になっていった。暫くすると、発作的に腕や足の筋肉に震えがおこり、足を上手く運ぶことができなくなり、徐々に歩行困難となった。この段階になると、流石に宮廷は大騒ぎとなり、宮廷回術師達は必死になって治療を行った。研療院からも多数の回術師が呼ばれ、仏押も診察したが、やはり原因はよく分からず、対症療法を行うことしかできなかった。そうこうするうち、今度は眼が見えないと言い始め、間も無く言葉も発っせなくなった。その後病状は急速に悪化の一途を辿り、眼は動いていたが、それ以外に身体は動かすことができなくなってしまい、食事は鼻からチューブを入れての経管栄養にて行わざるをえなくなった。

そしてその頃、二人目の患者が出た。その患者は女性だったが、やはり王族だった。彼女は刺激に対して敏感になり、音や光に反応して筋肉の痙攣が認められた。肩を叩くと奇妙な笑い声をあげ、徐々に言葉が発せなくなり、字を書くこともできなくたった。その後は螺向と同様、全く動けなくなってしまった。



この原因不明の奇病は、二人目が王族に発生した段階で遺伝病の可能性が浮かんできた。しかし二人は皇室とはいえ血縁は遠く、女性の住居は房南で、常世にいた皇子とは生活の上での接点もなかった。この件の調査を行っていた研療院は、なんの成果もあげることができずにいた。



庵羅は二人目の患者が出た頃に、回学院からの報告を受けていた。報告を聞き終えると、彼は真っ黒な長髪を弄びながら思案していた。


「成る程な。だから非科学的な特権意識など持たなければ良いものを・・・。それで、女は幕多羅の出身に間違いないのだな?」


彼の眼の前で起立している部下に尋ねた。


「はい。間違いありません」


「幕多羅か・・・。おかしなもんだ。さて奴はどう出るか」


彼の美貌が笑いにより崩れ、瞳が闇に淡く光っていた。



間も無く3人目の発病者が現れた。今度も皇室と関係がある男子で、年は14歳だった。この3人の関係を調べていた研療院は、遂に3人の3つの共通点に気が付いた。初めに皇室と血縁であること、二つ目に同い年であること、そして最後が幕多羅の一人の女性だった。



雨に濡れた弔旗が掲げられた常世の研療院では、仏押が黄持から告げられた言葉に激怒していた。


「なんだと?それは誠か?わしに何の断りもなくか?」


「はい。まだ御前会議にはかけられてはおりませんが、少なくともかの者が注進したことは事実の様です」


「そんなふざけたことが、まかり通るのか?一体何を根拠にしたと言うんだ?」


仏押は、怒りで真っ青になるまで強く握りしめた手を震わせていた。


「詳しくはわかりません。ただ、奴は回学院を使って何やら動き回っているようです」


「だが、我々にもまだ解明できないというのに、奴らに何ができる?」


回学院と研療院の規模を鑑みれば当然の疑問である。常世には回術の臨床・研究機関として研療院と回学院が存在していた。研療院は、その成立は房の国の建国より古く、300年以上と言われているが、詳細は研療院外には知る由も無い。一方回学院は、研療院の研究施設として10数年前に設立された。しかし研療院が政治的な様相を強めるに連れ、研究を志す徒達には不満が積もり始め、ついには独立するに至った経緯があり、両機関の関係は良好とは言えなかったが、研療院の圧倒的な力の前に、今まで表立っての対立は起なかった。しかし庵羅が現れてから、回学院も政治色を強め始め、徐々に研療院に脅威を感じさせ始めていた。


「私もそう思います。ですが、その場には陛下だけではなく、蔵瀬くらせさまもいらっしゃったらしいのです」


「何、蔵瀬さまもとな?」


「はい。少なくとも蔵瀬様を説得するだけの根拠はあるのではないかと思います」


蔵瀬は年寄衆の筆頭で、思慮深い人物である。彼を納得させるには、利害や感情論だけでは無理だ。奴はしっかりとした材料を持っていることになる。しかし、なぜこの段階になって、そのような暴挙に出ようとするのであろうか?奴は何を握っているのだろう?

老人は窓の外に眼を移した。窓ガラスには先程まで降っていた雨の雫が流れていた。6月も中旬となり、雨が止んでも空はどんよりと曇っている。


「幕多羅か・・・。因果な場所だな」


晴れ渡るにはまだ数週間の時間が必要だった。

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