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共生世界  作者: 舞平 旭
占領
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降伏勧告

 幕多羅に皇帝からの使者が来たのは6月の初旬だった。使者は速やかな菊池の受け渡しを命じてきたが、塩土は皇帝に二週間の猶予期間を申し入れた。彼は、ナクラが間も無く持ち帰るであろう荒戒からの信書に期待していた。間違いなく、荒戒は幕多羅の保護に舵を切るだろうと確信していたからだった。匙軍の師団駐屯地は、ここから僅か5キロしか離れていない。荒戒さえ味方に付ければ、皇帝も手出しはできないのだ。

 使者は返答を受けると、大人しく帰っていった。


 この時、塩土は神明帝を甘く見ていたような節がある。それは、彼の年齢的な衰え、長年の蜜月関係、匙の国との関係など、後世の歴史家達は様々な理由を考えたが、正しい所はわからない。しかし明らかに誤りを重ねていた。



 房の国の対応は早く、使者が送り返されてから3日後、幕多羅は房軍平坂師団第一大隊に完全に包囲されていた。


「ここが門番の地か。良いとこだな。しかしニミツ、この仕事は俺向きではない。留守番のガユクが羨ましい。上は一体何を考えているんだ?」


 この部隊指揮官の矢織しおる将軍は、村の包囲が完了したとの報告を受け、副官のニミツに不満をこぼしていた。矢織は身の丈2メートルを超える大男で、生まれながらの戦士である。将軍になってからも前線に出ることがしばしばあり、副官達の誇りでもあったが、悩みの種でもあった。

 戦を好む矢織にとって、戦闘になる可能性が低い今回の任務に興味はなかった。幕多羅の占領と菊池の確保。彼を確保し次第、都に連れて帰り、後続の部隊に幕多羅の後始末を委任するだけの仕事だった。

 矢織は包囲を完成させると、予定通り再度使者を送るように命じた。


「後はお前に任せる。くれぐれも無駄な血を流すなよ」


「はい、お任せ下さい。将軍は天蓋でお休みください」


 ニミツはにこやかに答えた。そして将軍の姿が消えると、ボソリと呟いた。


「つまり、そういうことですよ」



 幕多羅では村中が右へ左への大騒ぎになっていた。村が軍隊に包囲されるのは、天安川の乱以来、これで二度目だった。昔を知っている年寄り達は鼻息荒く、それ以降に生まれた者たちは震え上がっていた。


「塩土様!どうされますか?」


 多くの人達が塩土の元に集まってきた。


「狼狽えるでない!我々が今日まで苦渋に耐えて来たのは何のためだ!大丈夫だ。私に任せておけ。いいか、くれぐれも軽はずみな事はするでないぞ!」



 しかし、矢織の使者が示した勧告は、塩土を驚愕させるのに十分だった。

 歴史は時として、突如大河を創り出し、そのうねりに幾百、幾千、幾万の人間を呑み込んでいく。すでに彼の力量を遥かに超えた所で歴史は流れ始めていたのである。



 ***



 降伏勧告


 此度こたびの幕多羅の諸行はとても看過できるものではなく、ちんに対する叛逆行為と認定する。よって朕は総力を持って幕多羅を懲罰することに決した。しかし忘恩の徒とは言えど、聖なる放生の地であることを鑑み、速やか朕の提示する条件を受け入れるならば、村民の生命を守ることを約束する。

 もし、下記の条項に一つでも従わぬ場合は村民はことごとく懲罰されるであろう。


 一つ、菊池の引き渡し

 一つ、今回の騒乱の首謀者として、村長の塩土並びに村議会議員全員の引き渡し

 一つ、幕多羅村議会の解散、自治権の剥奪並びに房国行政官の受け入れ


 これらを受け入れるならば、受託後24時間以内に完遂させなければならない。もし僅かでも祖語があった場合は殲滅戦せんめつせんを行い、女子供を含め一人の生存者もいないだろう。


 房国皇帝



 ***



「ま、まさか・・・。奴め」


 塩土は房からの使者、断尾たちおが降伏勧告を読み上げるのを伏しながら聴いていた。ややかすれ気味の断尾の声が言葉を吐き出す度に、皇帝の悪意、いや庵羅の悪意が老人の胸を締め付け、顔色は死者のそれと大差がなくなっていた。

 彼はこれほどの内容とは予想をしていなかった。しかし皇帝の御名が記載、捺印されている以上、この命令は必ず実行されるのだ。要は神明帝に裏切られたのである。今日まで、皇帝からの命令に服従してきたにもかかわらず、この機会に乗じて幕多羅を抹殺しようと考えたのだ。

 使者は24時間の猶予を与えると話すと帰っていった。



 塩土は議事堂で村議会を開いたが、議員達は狼狽え混乱し、会議どころではなかった。


「塩土様、どうなさるおつもりですか?」


 議長のワツミが塩土に詰問した。この中では唯一、冷静に思考できているようだった。温和な表情だが、細い眼が鋭く光っていた。


「どうもこうも、お前に何かいい考えがあるのか?」


「ありません。ある訳ないでしょう?もうこのような状態になっては、選択肢はありはしません」


 他の議員達は、一斉に塩土を追求した。


「あなたが悪いんだ。余計なことをして、房に歯向かおうとしていたなんて。第一、我々はそんなこと聞かされていないじゃないか!」


「そうだ!責任を取れ!」


 議員達は息荒く、老人を追求した。


「確かにな。わしの責任じゃ。心配せんでも責任は取るつもりだ。しかし残念ながら、わしが何をしようとも、ワツミが申したように、我々には選択枝は残されてはおらんでの」


 議会は一瞬で静まり返ってしまった。全員の顔は青くなり、泣き出しそうな者もいる始末だった。



 無駄な議論に終止符を打った塩土は、その足で菊池の家にやってきた。菊池の前に座っている塩土は、顔色が悪く、やつれていて、あの血気盛んだった老人が、これ程までに憔悴しょうすいする日が来るとは思いもよらなかった。


「菊池、話は聞いているかの?」


「まあ、噂話程度ですが。皇帝は何と言ってきたのですか?」


 老人は彼に大凡の内容を説明した。


「お主はどう思う?」


「どうぞ、僕を差し出して下さい。僕は捕まっても直ぐに殺されることは無いでしょう。私が彼等を説得してみます。房の国も、幕多羅を本気で潰したいと思っている筈がありません。ボタンの掛け違えみたいな物ですよ」


 彼には、自分がこの村に滞在していた事がこのような結果を招いたのではないか、という自責の念が強く、余命が短い自分が村のためにできることを探していたのだ。

 それを聞くと老人は弱々しく笑った。


「そうか・・・鈕の掛け違えか・・・ははは。本当そうであると信じたいの。・・・すまんが、わしと一緒に行ってくれ。全てはわしの不徳の致すところ。本当にすまん」


 塩土は何度も彼に謝罪をした。しかし菊池は老人の頭をボンヤリと見つめながら、レイヨのことを考えていた。



 リツモ達『神人』の若組メンバーは、仲間の家に集まっていた。メンバーの中心だったナクラは、匙の国からの帰途に行方不明になっていた。連絡のない所をみると、無事である筈がない。囚われたか死んだか。どちらにしても、ナクラを当てにはできない。そのため、次席であるリツモが皆をまとめることになった。彼等は議会の成り行き次第で、行動に出るかどうかを決めるつもりだった。しかし議会が物別れに終わったことを聞き、行動に移る決意を決めた。

 房の国が攻撃を仕掛けた適応者の村は、全て完膚無きまでに叩き潰されてきた。幕多羅だけ例外であるはずがないのだ。幕多羅は一万を超える軍に包囲されていて、アリの子一匹抜け出す隙もなかった。唯一、幕多羅に残された道は、闇に紛れて大将を暗殺するしかない。暗殺は、神人の最も得意とする戦法だ。共生者やつらには戦いに対して強い信念などはない。大将を暗殺すれば、部隊は勝手に崩壊するだろう。そして混乱を引き起こして時間を稼ぎ、その間に匙の国と連携すれば、まだ道は開ける。

 村を、愛する家族を守るため、暗殺者集団の神人は動き始めた。

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