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共生世界  作者: 舞平 旭
占領
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初陣

 メキソ達兄弟は、オムキの事があった後は会話らしい会話もせず、翌日には弟のルキソが一人で帰隊した。しかし兄のメキソは、その後も1週間実家に滞在してから故郷を後にした。弟に合わせる顔がなかったこともあったが、彼はオムキと別れるのが辛かったのだ。別れ際にメキソはオムキから御守りを貰った。そして彼女は彼に口付けをした。


「ご無事を。私は貴方の帰りをお待ちしております」


 二人は兄弟が決裂した河原で、何時までも抱き合っていた。



 そして訓練期間が終わると、メキソは歩兵に兵科転向を希望したが、弟は軽装歩兵にこだわり続けた。入隊当初は、多くの新兵が金を求めて軽装歩兵を志願するが、訓練中にその現実を知り、ほとんどが兵科変更する。弟には適性が有ったとはいえ、消耗率の高い軽装歩兵を再志願した時、兄は久し振りに弟と話し合いの場を作らなければならないと決心した。



 翌日の夜、メキソは一人、カウンターに座って酒を飲んでいた。そこは師団駐屯地のそばの薄汚れた酒場だったが、カウンターと丸テーブルが6つあり、割と広い店だった。調度品は傷だらけで女っ気はなく、立て付けの悪い扉はギシギシと風に軋んで隙間風が入ってきていた。今の季節なら大丈夫だが、冬は寒くて仕方がない。身体を温めるために酒のペースが早まるので、若い兵士の間では店主の策略ではないかと噂されていた。しかし値段が安いことから下級兵士の溜まり場になっていて、今も5、6人の兵士がテーブルを占領して騒いでいた。



 待ち合わせの時間はとうに過ぎていたが、弟が来る気配はまるでなかった。ルキソに書置きをしておいたが、来ないかもしれない。よしんば来たとして、自分はどうしたらいいのだろうかと自問を繰り返していた。メキソはただ、みんなで楽しく暮らしたかっただけだった。弟には幸せになって欲しかっただけだった。なぜこんなことになってしまったのだろう。

 彼は杯を空けた。強いアルコールが食道を流れ込んでいくのを感じた。



 その時ドアが激しく叩きつけられ、ルキソが入ってきた。バーテンに酒を頼むと、億劫おっくうそうにメキソの横に座った。


「俺、忙しいんだ。何かあるなら早く済ませてくれないかな」


 目の前に置かれた酒を一気にあおると、ルキソはお代わりを注文した。


「ああ。悪いな。実はお前の兵科志願の件だが・・・」


「ああ。その話はなし。俺、決めたから。別に兄貴にとやかく言われるつもりもないからさ」


 ルキソはつがれた酒を再び一気に飲み干し、また酒を注文した。


「分かってるよ。だがな、俺は心配なんだ。それに、お前の誤解を解きたくて・・・」


「誤解?何のだよ!」


 弟はカウンターを叩いた。二人のグラスが回転しながら倒れ、メキソのグラスは床に落ちて粉々に砕けた。酒場に張り詰めた空気が満ち始めた。


「いや、俺とオムキの・・・」


「誤解?誤解なのか?」


「いや、それは・・・」


 強い弟の視線に晒され、兄は視線をそらせた。


「別に、俺には関係ないよ」


「お、俺はオムキよりもお前の方が大切なんだ。もしお前が嫌なら・・・」


「ふ、ふざけるな!」


 ルキソは残ったグラスの中身を兄にぶちまけた。頭から酒がしたたり、アルコールが目にしみたが、兄は全く動こうともしなかった。弟は立ち上がりながら兄の胸倉を掴むと、兄の顔面を殴った。兄はカウンターの椅子をなぎ倒しながら床に倒れた。ゆっくりと起き上がったメキソの口角から、一筋の血液が流れていた。


「あんたはいつもそうだ!何でそんなに我慢すんだよ!俺がいつあんたに女を譲れと頼んだ?あんたは何にもわかってない!」


 その時、他のテーブルで飲んでいたスキンヘッドの大男がルキソに歩み寄ってくると、再び殴ろうとしていた彼の肩を掴んだ。


「おい、兄さんよ。少しやり過ぎじゃないか?」


 ルキソは、男に振り向くと同時に殴りかかった。彼の拳は男の顔面にヒットし、男の身体はテーブルに吹き飛ばされた。怒ったテーブルに座っていた客はルキソに殺到した。ルキソは最初に殴りかかってきた男の攻撃を軽くかわすと、その男を殴り倒したが、多勢に無勢であった。背後の一人に身体を掴まれると、羽交い絞めにされた。

「このクソガキ!」

 別の男が、身動きの取れないルキソに殴りかかろうとした。その時、兄のメキソがその男の後頭部に蹴りを入れ、壁に叩きつけた。


「弟を離せ!」


 その後は乱戦となり、兄弟は大いに奮戦した。やがて軍警察がやってくると、彼らは一目散に逃げ出した。



 どこをどう逃げたかはわからなかったが、二人は大きな川に突き当たり、川原にへたりこんだ。そこは師団が守備する支流で、川上には平坂水門がある。


「兄貴、すごい顔だぜ」


 ルキソは少し照れくさそうに、兄に話しかけた。


「お前も、かなりやられたな」


「もう、あの店、行けないな」


 お互いの傷だらけの顔を見て、兄弟は笑いだした。いつまでも、いつまでも、二人の笑いが途切れることはなかった。夜の川原を吹く風が、彼らを心地よく包んでくれていた。



 翌日、彼等に幕多羅討伐軍への編入が伝えられた。二人の初陣である。

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