第20話 姉妹②
鳥肌の立つような耳障りな音とともに、屋上へ出る扉を開ける。
今日は日曜日なので、平日の昼とは違って屋上には誰もいない。
やけにだだっ広く感じる屋上の、フェンスの近くにいくつも並んだベンチの一つに二人で座る。
「義姉、遠山春美の所に行っていたということは、私の前線撤退についてよね」
「それはそうなんだけど……」
まさかその話を奈々美さんから提案されるとは思わなかった。
少なくとも奈々美さんの中では決心がついているということなのだろうか。
「春美さんが指示したんだろうけど、その目的が分からなくてさ。遠山家の問題だって言っていたけど」
「私が遠山家の苗字を借りてる、養子になったという話は以前したと思うけれど、遠山家は今は義姉と私の二人だけになってしまったの。だから義姉さんは私に自分の仕事を引き継がせようとしているのよ」
しかし何故だろうか。
春美さんはまだ若いにも関わらず、仕事を奈々美さんに譲る意味が分からない。
奈々美さんはさらに続ける。
「義姉さんはじっと座って指をくわえて戦況を見つめるより、自ら戦っていたい性格なのよ。もちろん私に校長なんて無理だろうから、遠山家としての全ての仕事の管理をして欲しいんでしょうけれどね」
「春美さんが戦闘機兵に乗るってことか?」
「えぇ、元々遠山家は第三次世界大戦で戦闘機兵の研究をしていたから、今はそれなりに権力も持っているの。やりたいの一言でそれなりの自由がきくのよ」
めちゃくちゃな話だ。
まだ成人してもいない義妹に仕事を継がせ、自分は自己満足のために戦場に出るときた。
確かに自分が何のために戦っているのかと聞かれれば、それは自己満足でしかない。
だがそれは居場所がないからであり、既に一度全てを失っているからだ。
家族がいて、帰る場所があり、やるべき仕事もある人間のやることではない。
「それで奈々美さんはどうしたいの? このままでいいの? それとも……」
「私は……私の意見なんて……」
日頃強気の奈々美さんを見ているだけあって、頭をガクッと下げて思い切り落ち込んでいる姿を見るのは、いささか新鮮ではある。
だがそうも言っていられない。
「今まで育ててもらった手前、わがままは言い難い?」
「……だって……」
それはその通りだろう。
もし自分が奈々美さんの立場なら、同じ道を選ぶはずだ。
「茅山隊の皆には悪いと思っているわ……」
その声には力が入っておらず、未だ俯いたままだ。
垂れた髪の毛の間から覗く顔には、まだ決心がついていない迷った顔をしている。
「奈々美さんがそれでいいなら俺は止めはしない。けど、奈々美さんの目標はどうなるの? ここで奈々美さんが引けば、君の手で戦争を終わらせることは出来なくなるよ」
その言葉に少しだけピクリと反応したが、何も言おうとはしない。
「確かに恩に報いることは大切だと思うけど、それで奈々美さんの人生を他人に決められるのは違うと思う。奈々美さんの人生は奈々美さん自身のものであって、奈々美さんが道を決めていくものだよ」
「分からないよ……もうどうしていいのか自分でも分からないのよ!」
「奈々美さん!」
奈々美さんが走って屋上から下の階へと降りて行く。
差し出した左手が空を掴む。
追うべきか追わないべきか。
迷った俺は追わないことを選んでしまった。




