第19話 姉妹①
九州を落とされてから約二ヶ月が経過した。
連日報道される最前線の情報を含んだニュースも、いつの間にか日常に溶け込み始めてしまっていた。
九州を占拠した敵軍のことを西側 諸国連合軍、WesCAと呼び始めたのはどのニュース番組だっただろうか。
実際にWesCAの進軍は今でも続いていて、紙一重の状態で本土を防衛している。
軍上層部の予想ではあと一週間もあれば、四国は落とされるだろうとのことだった。
そうなれば軍への信用は完全に地に落ち、もはや日本という国を立て直すのは不可能だろう。
その前に軍は九州奪還作戦を実行し、もちろん俺達もそこに投入されるだろう……という時だった。
「奈々美さんが戦闘に参加出来ない!?」
「えぇ、その通りよ。遠山 奈々美には今回の戦闘では前線を離れて貰うわ」
榊原さんから告げられたその言葉は、もはや理解出来るものではなかった。
俺はこの日、九州奪還作戦についての概要を聞きに、神奈川基地へと単独で訪れていた。
オリジナル機という性能差を除けば茅山隊での戦闘能力は奈々美さんがずば抜けて高い。
つまり今までの奈々美さんと俺のオーディーンを軸とした茅山隊の戦闘スタイルを崩せと、ぶっつけ本番で新しい戦闘スタイルに変更せよと言っているのだ。
それに、奈々美さんの強さは表面的なものに留まっている訳ではなく、目に見えない精神的なものでもあった。
なんの説明もなく納得出来るはずがない。
「何故ですか? 本人の意思ならともかく、他の、上層部の命令ですか?」
「その質問には答えられないわ」
「……後者ですか」
「……はぁ〜、私にも立場というものがあるから私の口からは絶対に言えないわ」
奈々美さん自身がそう望んだのであれば、それを隠す必要はない。
答えを貰うまでもなく、第三者の介入があったのは確かだ。
しかしこうなってしまうとその第三者を特定する術がない。
「けど、あなたがそれを特定する分には構わないわ。ここからは私の独り言よ。絶対に聞かないで。確かその人は茅山君たちがよく知る人物で、奈々美さんに最も近い人物だったわね」
「そこまで聞ければ十分です!」
答えは出た。
思い切り扉を開けて走り出す。
「はぁ……こんなやり方しかできないなんて、私も軍の人間ね……」
◇◆◇◆◇◆
「それで何の用かな、茅山一樹くん? 校長という立場上忙しいので、今度からアポは取ってほしいんだけれど」
「俺がここに来た時点で何を話しに来たのか分かっているのでしょう? 遠山春美さん」
「校長と呼びなさい」
校長室の机に座っている校長は肘をついている。
ブラインドの間から入り込む日差しが逆光になり、春美さんの表情を上手く読めない。
「単刀直入に聞きます。奈々美さんの撤退命令、あなたが命令したのですね?」
「……」
「もう一度だけ聞きます。あなたが軍に口を出し、奈々美さんの前線撤退を指示したのですね?」
春美さんが立ち上がり、窓の方を見る。
ふと振り向き、一言だけ発した。
「……知らないな」
「───ッ!」
その言葉を最後まで聞かずに俺は床を強く蹴り込み、春美さんの胸ぐらを掴んで脅してでも聞き出してやろうとした。
だがいつの間にか俺は天井を見ていた。
そしてすぐ後に背中に強い衝撃を感じ、投げ飛ばされたのだと気づいた。
「って……!」
「私が軍の関係者と知りながら、何の考えもなしに突っ込んでくるのはやり方を間違えたな」
そんなことは予想がついていた。
それでも頭より先に体が動いてしまったのだ。
「あなたは奈々美さんのことが嫌いなはずですよね。だったら今更守ろうとする目的はなんですか?」
「君には関係ない、これは遠山家の問題だ。さぁ、私も仕事があるからな話が済んだなら出て行ってくれ」
これ以上の話し合いは最早無意味だろう。
素直に従い校長室から出る。
「さて、どうしたものか……」
「一樹くん……? 今日は休暇のはずよね? 何故学校に?」
「奈々美さん……!」
校長室の前というのも話がしづらいので、いつも昼飯を食べる屋上へと場所を移す。




