第18話 人工知能兵③
「あらかた片付いたか……」
当初の予定通りに前線を押し戻すことには成功した。
しかし、何かが引っかかる。
確かに敵の数はこちらより圧倒的に多いが、その実力は脅威になるほどではなく、茅山隊の被害はほぼ皆無だ。
敵も訓練を詰んだ兵士ならば、自分の死を感じる戦場で簡単に死ぬことなんて有り得ないだろう。
『ねぇ一樹くん、何かおかしいと思わない?』
「奈々美さんもそう思うか……」
それにこいつら弱いだけじゃあない。
少しずつ、少しずつだがこいつら強くなっている気がする。
敵の拠点に近い方に手練を置くのは分からなくもないが、それにしては何か、無機質な違和感を感じる。
「お前達に勝機などない!!! 圧倒的な兵力差に絶望するがいいわ!」
戦場に響く笑い声。
その場にいた全ての者がその声に動きを止める。
声の主は海上の艦隊の、一際大きな空母の上にいた。
地面に引きずるほどの長さの、真っ白な白衣を纏った男。
清潔感のない髭面に、整えることを知らないボサボサの髪の毛。
大きなレンズの丸メガネの中には、大きく見開かれ充血した眼球が覗いている。
ゴォォォォと重い扉を開く音が鳴り響く。
その瞬間に日本国軍の兵士達は絶句した。
海上に待機していた大艦隊からは、新たな機兵が次々と出てくる。
全体的に丸いシルエットの機兵は、右肩にローマ字と数字が入っているが恐らくこれは機体番号だろう。
全ての機兵が同じサブマシンガンを装備し、統率の取れた軍隊のように行進する。
「なんだこいつら……」
赤く光る一つ目が機体の顔部分を左右に行ったり来たりしている。
背筋が凍るような寒気を感じる不気味な目の動きだ。
「これが私の研究の集大成だ!!! ギャハハ……ゲホッ、ゴホッ」
身体中を震わせて下品に笑うが、その年齢故か自分の笑いに心肺機能が追いつかずに咳き込む。
『まさか……あいつ生きていたのか……!?』
そう言ったのはF21小隊の柊だ。
「あの老人のことを知ってるいるのですか?」
『えぇ、第三次世界大戦に参戦した兵士なら知らない人はいない人物でしょうね。彼は第三次世界大戦で戦闘機兵を研究し、初の実践導入を指揮した人物、吉田 正一よ! アメリカでの研究の後、行方不明になったからてっきり亡くなったのかと思っていたのだけど……』
戦闘機兵の実践導入を指揮した……?
じゃあ目の前で咳き込む老人によって、今の地獄のような状態は作り出されたのか。
戦闘機兵によってもたらされた被害は甚大だったが、もしなかったとしたら俺は第三次世界大戦で死んでいただろう。
俺は直接的に彼を恨んでいる訳では無いが、現状彼は俺の敵だ。
吉田正一。
戦闘機兵を開発した人物か……こんな会い方じゃあなければ色々聞きたかったな。
「数に恐れる必要はない! 上手く連携を取って二人で一機を相手にするんだ!」
敵機が足を揃えて地を鳴らす姿には、思わず息を呑んでしまう。
言葉では強気でいても、流石に数の差がありすぎる。
こちらは後方で装備の修理をしている機兵を合わせてもせいぜい百だろうが、あちらさんは援軍を加えて四百はいるだろう。
それでもここで戦わなければ、日本という国が潰れてしまう。
『F小隊及び援軍の各機に告ぐ。任務は失敗だ。出来るだけ被害を抑えながら本土まで撤退せよ』
管制塔からの言葉に思わず耳を疑ってしまった。
その命令は、九州を捨てると言っているのと同義だからだ。
そこで命令を断ることは、国を裏切ることになる。
全員が悔しさを押し殺してゆっくりと後退を始める。
『後方支援部隊の撤退を確認後、我々も撤退します。茅山隊長、我々柊隊と共に前線を抑えるのに協力してもらえますね?』
「えぇ、勿論ですよ」
それから約三十分間俺達は前線をなんとか押さえ込み、全部隊を撤退させ自分達も撤退した。
本土へと撤退した俺達を敵が追ってくるとこはなかった。
結果だけ見れば勝利だが、敵に甚大な被害が出ていることは無視出来ない事実だったのだろう。
こうして我々日本は九州を失った代わりに、敵軍の大規模進行を抑え込むことに成功した。




