第15話 海水浴③
目の前にいるこの人が初代のオーディーンパイロット。
それはつまり俺を助けたオーディーンに乗っていたのは、龍也さんだったことを意味する。
その事実を知っているのがもう一人。
「そんな、ことって……!」
幼馴染である京子は、俺の過去の全てを知っている。
京子は口を手で抑え、涙目になっていた。
昔から京子は物事を感情移入して考えやすい。
だが今回ばかりは俺も冷静ではいられない。
「あなたが……十年前のあの日も……」
「ん? どうした? 確かに十年前の戦争でもオーディーンに乗っていたが、それがどうかしたのか?」
つまりあの日あの時、俺を助けてくれた黄金の戦闘機兵に乗っていたのが龍也さんであったことを意味し、俺と沙織を引き離した張本人でもあるということだ。
今になってどうこうというわけではないが、目の前にいるとなると話が違う。
「龍也さん……一つ質問をしてもいいでしょうか」
「うん、構わないよ。何でも聞いてくれ」
「戦闘任務中だったと思うので覚えていないと思うのですが、オーディーンが、あなたが敵国の攻撃から守った少年のことを覚えているでしょうか?」
龍也さんは予想外の質問に面食らったような表情をしながら、しかし俺の質問に真摯に向き合ってくれているようだった。
「そうか……」
返答に困っているような龍也さんだったが、少し考えるとゆっくりと口を開いた。
「あれは君だったんだね」
「え……」
覚えていた。
俺の中で色々な感情が渦巻く。
そんな俺の事など気にしていないような龍也さんは、さらに続ける。
「ずっと……謝りたいと思っていたんだ」
身体中から力が抜け、思考が停止する。
「あの時俺に出されていた命令は二つだったんだ。一つは敵の即時殲滅、もう一つは市民の避難誘導及び救助活動。そしてあの戦火の中戦車に襲われていた君達兄妹を発見した俺には選択肢があった。あの場で戦車と戦闘し、殲滅後に救助に入るか、君だけでも助けるという選択肢」
「あなたは俺だけを助ける選択肢を選んだという事、ですか?」
力を振り絞って出した声は震え、かすれていた。
「……ここから先は俺の言い訳だ。信じるか信じないかは君の自由にしてくれ。あの狭い場所で戦闘すれば妹さんどころか、君まで巻き込んでしまう可能性があった。すでに数回の戦闘を経てあの場にいたオーディーンの装甲では、戦車の砲撃ですら貫かれる危険性もあった。俺はその状況からあの選択肢を選んだんだ」
「だったら……なんだよ……」
もはや自分を抑えることができない。
頭にあることが全て口から出てしまう。
「かず君もうそれ以上は……」
「何だか分からないけれど、一旦冷静になった方がいいわ」
止めに入る京子と奈々美さんの声も今の俺には届かない。
「いや、君になら俺はどうされたっていい……君の妹を殺したのは誰でもないこの俺だ。本当にすまないと思っている」
復讐復讐復讐復讐復讐……!
こいつが沙織を殺したんだ……こいつが……!
「あぁぁ……ッ!」
頭が痛い……!
両手で頭を掻き回しながら、声にならない叫び声を上げる。
こうして手で頭を押さえつけておかないと、この手で龍也さんを殴り飛ばしてしまいそうだ。
「何やってる!」
買い物袋をその場に落としたことも、一切気にせずに俺達の方へ全力で走ってくるのは涼平さん。
「北川さん! 一樹くんを抑えてください……!」
「分かった……! くそっ……一樹くん大人しくするんだ! 何があったかは分からないが、とりあえず冷静になれ!」
涼平さんの片腕は義手、それを振りほどくことなどいとも簡単に出来た。
「くっ……!」
俺に押し返された涼平さんが砂浜に倒れ込み、その場に砂埃を巻き上げる。
「もう、やめて……ッ!」
その声は、その場にいた全員が驚き動きを止めるほど大きな声だった。
涙が出そうなのを我慢しようと、甲高く枯れた声。
あぁ……もう泣いて欲しくないって、俺が守るんだって決めたはずなのに。
「俺達はもう帰るとするよ。今日はありがとう、済まなかったね」
「私達も帰りましょう。今日は二ノ宮グループのホテルを貸してもらえるみたいだから、とりあえず行きましょう」
◇◆◇◆◇◆
目を覚ましたそこは見知らぬ天井の部屋だった。
綺麗な花の模様が描かれていて、電球周りの装飾からも高級感が伝わってくる。
寝ているベッドもふわふわで、部屋もかなりの大きさがある。
「……おはようかずくん」
「ん、あぁ、ここは?」
開放的な大きな窓に、暗くなった空が見えている。
窓の前に立っているのは、俺の呼び方からしても明らかに京子。
「二ノ宮くんに泊まるところを貸してもらったの」
「そっか……みんなは?」
「さぁ……? 浜辺で花火でもしているのかな〜?」
「……京子は行かないのか?」
窓から入る夕日が逆光となり、京子の表情を簡単に読ませてはくれない。
「かず君、私とした約束忘れちゃったの?」
静かに近寄ってきた京子は、そっと横に座り俺の手の上に自分の手を重ねてきた。
少し冷たい京子の手は小さく細く、とても弱々しく感じた。
「忘れるはずないだろう……忘れられるはずが……」
「そっか……」
京子と交わした約束。
家族を失った悲しみから俺が抜け出せずにいた時に、京子は俺に一つの約束を交わさせた。
京子は俺を支え、俺はそんな京子を必ず守ると。
そして、未来へと歩き続けることを。
それはたかが小学生の口約束だったかもしれない。
だけど、その言葉に支えられてきた。
だからもう迷わない。
「……花火やりに行くか」
「……うん!」




