第8話 後輩③
この世界は残酷だ。
実力がなければ抵抗するだけの力を得る機会さえ奪われる。
俺、加瀬 蛍には、その才能が無かった。
俺には第三次世界大戦の記憶がほとんど残っていない。
それなりに年齢が低かったことも関係しているのだが、忘れたというよりかは、一部の記憶がごそっと全て消えたような感覚。
耳の奥、頭に響く激しい銃声、逃げ惑う人々の恐怖に満ちた叫び声、悲鳴、まるでその全てを嘲笑うかの如く戦場をゆっくりと歩く戦闘機兵。
断片的にしか残っていないはずの記憶の中で、唯一残っている残酷な事実。
俺以外の家族全員が戦火に焼かれたという、あまりに無情で残酷な。
しかし、その事実でさえ俺の記憶には残っていない。
家族の最後すら分からないまま、ただ死んだのだと伝えられた。
けれど、そんな中でたった一つだけ覚えていることがある。
とても聞き覚えのある声、とても聞き馴染みのある声で、耳に響く言葉。
「戦え蛍、欲しいのなら望むな、勝ち取れ」
この言葉には妙な説得力があった。
だから俺はパイロットになろうと思った。
力があれば何でも出来る。何かを手に入れることも。何かを守ることも。
先輩達の校内戦での動画を見たのは、訓練校中等部三年の受験間近の時だった。
進学先を決める上で、戦闘機兵に関する動画を漁っていたうちの一つ。
タイトルに惹かれて見たその動画で、一つ上の先輩達が映っていた。
その動画のタイトルは「第一高校の校内戦で下克上! 校内戦で優勝したのはなんと・・・!」と付けられており、俺の考えていた中で上位にあった訓練校だったので見たのだ。
訓練校の中で最も低いとされるJクラスだったにも関わらず、数多の強敵を倒し見事下克上を成し遂げ、最速で軍隊入りを決めた六人の新星。
……特にオリジナル機にも乗っているという茅山 一樹という先輩。
何か秀でた才能があったようには見えないが、その戦う姿からは他の人とは違う何が確かにあった。
彼だけでは無い。
彼のチーム、六人が全員何かを持っていた。
俺と同じ……とまではいかなくとも、似たような境遇なのだろうと一瞬で悟った。
近しい人の、特に家族の死、とやらを経験した人の目には、していない人には決して見えないものが見えている。
戦争を恨んではいない。
恨もうと恨まなかろうと、当時の俺には何も出来なかった。
ただ、それだけ。
結局俺は進学先を第一高校へと絞り、それなりに余裕を持って合格することが出来た。
いつになく高揚する心臓の鼓動に、自分が一番驚いていた。
俺もJクラスから優勝すれば、先輩達のように早くパイロットになれるかもしれない、そう思ってクラス分けテストを最下位で終えた。
もちろんJクラスになったのはいいものの、あまりのレベルの低さに驚いてしまった。
憧れの先輩達が一年間過ごしたホームルームクラス。
初めて来た時はすっからかんで、あまり実感がわかなかった。
先輩達もこんな感覚だったのだろうか。
先輩達も強くなれずに苦労したのだろうか。
校舎の屋上に吹く風は、なんとも言えない滑らかさがあり、今日のような雲一つない晴天の日は寝転んでいるとすぐに寝てしまいそうだ。
屋上へ出るための錆び付いたドアを開ける音がして、誰かが俺の近くへ寄ってくる気配がした。
警戒心を緩めずに、けれど落ち着いて目を閉じる。
「蛍く〜ん! もうすぐ実習訓練始まっちゃうよ〜!」
この声は確か同じチームのやつ……名前はなんて言ってたかな。
思い出せない。
仲間なんてどうでもいい。
所詮チームを組んで校内戦に出るための口実だ。
去年の校内戦で事件があって、今年からは三人以上での参加が条件らしい。
全く迷惑でしかないルールだ。
仲間なんていらない。俺一人で十分だ。
「分かった。今行く」
うるさい。弱者が俺に指図するな。
「蛍くんは僕らのエースなんだから、いてくれないと困るよ〜」
「あぁ、すぐに行く」
お前達が弱過ぎるんだろう。少しは強くなろうと努力をしろ。
「みんなもう集まってるからね〜」
さっきまで心地よかったはずの風が、今はとても不快なものに感じた。
扉が閉まる音を確認して、一度目を開け、今度は深く目を閉じ……開ける。
「……不愉快だ」
体を起こして実習訓練へと向かった。
首筋を汗が伝う感覚がして、何気なく空を見上げる。
日差しはさっきよりも強くなっていて、夏の訪れを感じざるを得なかった。
校内戦が始まる。




