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第4話 リスタート④

 六限目の授業を終える鐘の音が、金曜日の疲れた様子の生徒達に安らぎを与える。


 だが俺達には一瞬たりとも休む暇など与えられない。

 国を守る軍人(パイロット)に自らなったのだから、文句を言うのは筋違いというもの。


「帰ろうか」


 京子の帰り支度が終わるのを待ってから教室を後にする。

 この教室に足を運ぶのも今日が最後になるかもしれない、そう思いながら教室を出るのはこれで何度目だろう。


 ここ数ヶ月で外国(そと)の動きが慌ただしくなってきた。

 戦勝国と言われて十年の時が経った。

 日本が奇跡と言われるまでの復興を遂げてきたのと同じく、敗戦国もまた復興が進んできた。

 保持する戦力がもはや戦勝国に匹敵するものとなっている国さえある。

 いつ次が始まってもおかしくはない。


「どうしたの? そんなに考えこんで……」


 ずいっと京子が俺の前に出て、上目遣いに無理矢理目を合わせてくる。

 必死に目を()らすと、見慣れぬ風景が広がっていた。

 いつもバスで通る、街を見渡せる坂にいたからだった。


「なんで俺達歩いてるんだ……?」


「え〜! かずくんが歩こうかって言ったんじゃん!」


「……そうだったか?」


 そうだよ、と頬を(ふく)らませながら数歩先行する。


 もう一度街を見渡す。

 十年前の影響で区画整理が行われ、極端に角ばった街並みがそこにある。

 所々生えている木々は他国から援助として寄付されたものばかり。

 今では日本で生まれ育った桜の木はほとんど無くなり、アメリカから輸入している。

 もう俺の故郷はここにはない。


 けれど──


「もう! ほんとに先行っちゃうんだからね!」


「悪い悪い」


 帰るところは出来た。

 思わず頬が緩み、()みが(こぼ)れた。




 ◇◆◇◆




「悪いもう一回言ってくれるか?」


「だから、私達全員茅山隊に移動するって言ったの」


 なんとなく予想はついていた。

 この一年間は伊達じゃない。

 最低限の家具以外は何も無い殺風景な、基地内にある兵士達の部屋のうちの一つ。

 そんな俺の部屋に四人は集まっている。


「お前らはそれでいいのか?」


「俺達がいいってんだからそれでいいだろ!」


「私も……です……!」


「広人……桃咲も……」


 最近桃咲は変わってきた。

 いつも頼っていた春奈がいなくなったのが、理由の大部分を占めているのだろう。

 自ら進んで意見を言うようにもなってきたし、何より話している時に目線を逸らさないようになった。

 それこそこっちが恥ずかしくなるくらいに、桃咲は真っ直ぐ目を見つめてくる。


「それはそうと俺達もそろそろ前線に復帰しなくちゃいけないな」


「そうね……このまま引っ込んでいても意味がないわ。私達はここに戦うために来たのだから」


 一同が沈黙する。

 言葉を発しようにも、何を言っていいのかが分からない。

 半年が経過してもなお()えぬ傷が、大きな亀裂(きれつ)が俺達に入っている。


「……ま、まぁここで考え込んでも仕方ないからさ、まずは金丸さんとか榊原さんに相談しよう!」


 広人が無理矢理テンションを上げてくれているのが分かる。


「そうね、ありがとう飯島くん……行きましょう」


「そうだな」


 俺の部屋を後にし、兵舎から本部の方へ移動を開始した。


 基地内の全ての建物は地下で(つな)がっている。

 動く歩道こと水平に進むエスカレーターに乗り、体力の消費なく長い距離を移動可能だ。

 整備班が戦闘機兵の修復を行っている倉庫を横切る。

 金属を溶接している独特な音。

 こんな時でしか戦闘機兵が整備さているところなど見ないので、意外と新鮮だったりする。


 金丸さんの部屋の扉の前まで来ると、妙に緊張して思わずノックを躊躇(ためら)ってしまう。

 ノックしようと手を伸ば──


「それでは後の処理はこちらでやりますので、北川隊をよろしくお願いします」


「──っ!」


 黒いスーツで身を包んだ一人の女性が、扉を内側から開けて出て来た。

 奈々美さんと同じくらいだろうか、長めの髪の毛を少し高めの位置で結び、()っぽをつくっている。


「……と、あなた達どうしたのかしら」


「茅山隊の事で金丸大佐にご相談があったので参りました」


 彼女こそ元北川隊の司令担当、榊原(さかきばら) 和葉(かずは)

 若くして中佐の地位に就き、神奈川基地の戦闘機兵隊全体の統括をしていた。

 春からは神奈川基地全体の総合司令官として指揮を取ることになったのだが、それに伴い請け負う部隊は、俺達の茅山隊のみとなったのだ。


「茅山くんだな? 入り給え」


 必要あるのかもわからないような広さの部屋の奥。

 背もたれの高い椅子に、肘を置いて座っているのは、金丸 統司大佐。


「それで、どうするのか決めたかな?」


「私達三人揃って茅山隊へ移籍させて下さい」


「そうか……分かった。わざわざここまで済まなかったな。そういう事で手配しよう」


 特にこれといった手続きもないまま、実感の湧かない隊の移籍が完了してしまった。

 どこか息苦しい部屋を出ると、空気が少し美味しく感じた。


「……本当によかったの?」


「えぇ……誰でもない彼女達の決めたことですから」


「そう……それじゃあ明日は隊全員を集めて改めて顔合わせと作戦会議をしましょうか」

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