第44話 反乱軍⑦
戦況は決して悪くはない。
敵の機体の性能もそう高いわけでもない。
ただただ敵の数が圧倒的に多いのだ。
数で押されるのがこれほどまでに体力を削られるとは思っていなかった。
オリジナル機が2機も足止めを食らっているのも、こうなってしまった原因の一つだろう。
「奈々美さん! そっちに2機行った!」
「桃咲さん援護をお願いできるかしら?」
「今は……無理……です……!」
「俺がやるよ!」
戦闘中に何気なくする会話も、やはりいつもより少ない。
どうしてこうなってしまうんだろうか──
「一樹! よけろ!」
「一樹くん!」
心の乱れは一瞬の判断に遅れをもたらす。
俺の目の前にはもうすでに敵が迫っていた。
ソードを両手に握り、俺に突き立てようとしてくる。
「しまった──」
私が生まれた時、母は入れ替わるかのように死んでしまったらしい。
生まれた日が、春を思わせるような暖かな日差しと、涼し気な風の吹く日だったから、春奈。
最初に聞いた時は適当すぎだなと思ったが、違った。
母は春が好きだったらしい。
晴れた日には二人でピクニックに行く時もあったとか。
体を動かすのが好きな母は、まるで子供みたいにはしゃぎよく笑う、そんな人。
父が撮っていたビデオや写真でしか見たことのない母は、いつも笑っていた。
病気で入院してしまった時は、体を動かしたくてつらそうだったけれど、少なくとも誰かの前にいる時は気丈に振る舞う姿を見た。
それから私は母のような強い女性になるために、色々なことをした。
小さい頃にはがむしゃらに空手を習ったこともあったし、父の真似をしてトレーニングジムにも行ったこともある。
結局今も母のようにはなれていないのかもしれない。
それでも少しでも近づけたのなら、それは単純に嬉しく思う。
母がたの祖父母にはよく似ていると言われるが、それは内面的な意味ではないと今になって分かるようになってきた。
女の子らしいことをしてこなかった私に、女の子の友達はそう簡単に出来るわけもなく。
そんな時に起きたのが第三次世界大戦。
想像以上に怖く、苦しいものだった。
山の方に避難していたからといって、空襲に遭わなかったわけでもないし、むしろ山奥での避難生活はかなり辛かった。
毎日食べれるものや、飲めるものを探すことから1日が始まる日々を、誰が想像できただろうか。
程なくして終戦を迎えたものの、父と住んでいた家は無くなっていた。
家どころか、日本中で街がいくつも消えたのだ。
言葉にならない怒りが込み上げてきた。
だからパイロットになろうと思った。
けれど、ダメだった。
母のような強い女性になりたかった私は、強がったままで終わってしまった。
いざとなったら体が動かない。
私が全てを終わらせるはずだった戦いに、私はいなかった。
目の前で戦っている仲間の背中を見るのが、とても辛い。
だが、どれだけ自分を偽っても、心の奥底で恐怖が勝ってしまう。
沖津君の時もそうだった。
私じゃなくて良かったと思ってしまった。
こんな弱くて惨めな人は、他にはいないと自分でも思う。
私は、私は────
最低だ。
金属製の機体に、ソードが突き刺さり「ガッ」と鈍い音が鳴った。
「……っ!」
「なん……で……」
全身痛みが走り、麻痺して思うように動かない。
頭を打ったらしく、意識が朦朧とする。
これが私の罪への償いなのだ。
「春奈!」
「春奈さん……!」
周りの敵を退けさせる青葉。
倒れかけた私の機体を支える一樹。
囲んでいた3機の機兵を一瞬で片付けて寄ってくる奈々美。
私を刺した機体を狙撃した広人。
マイク越しに聞こえてくる心配そうな声。
誰がどう私を嫌おうと、責めようと、傷つけようと構わない。
けれど、この一生に一度出会えるか分からないような仲間達だけは、この手で守りたかった。
そう思うと体は素直に動いた。
「かず、き、私……は、強く……なれた、かな? みんな、を……守れ、たかな?」
「あぁ……あぁ……! 春奈は強い人だよ! お前は気付いてないかもしれないけど、俺はお前に何度も助けてもらったんだよ! お前の笑顔に何度も救われたんだよ!」
あぁ、そうか。
母は強くなんてなかったんだ。
ただ、みんなで笑っていたかっただけなんだ。
好きな人と、友達と、家族と……
「ね、ぇ……最後に……きい、て」
「もういい! もう喋るな! 今すぐ病院に連れていくから、お前を死なせたりなんかしない!」
だから、私は後悔をしないように、この世界に私を残す。
「わたし、は……あなた、が……好き……でし、た」
「っ! なんで……なんで、今、なんだよ……」
一樹の声が震えている。
そういえば一樹が泣いているところって見たことあったかな……
あぁ、楽しかったな……
「…………」
「春奈……?」
返事は、ない。
「嘘だろ? なぁ、いつもみたいに笑ってくれよ……!」
「一樹くん……」
俺の心を怒りが支配する。
自分が自分でなくなるように、込み上げてきた。
「……そうだよな。俺が甘かったんだよな……」
「一樹くん?」
未だ減るところを知らない敵の軍隊を睨むように見る。
「お前ら同じ人間とは思えないほどの、クズだよ……! 健二に続いて春奈までも……お前達は絶対に許さない! 俺が! この手で……!」
その時、頭の中に声が聞こえた気がした。
お前は力が欲しいか──
当たり前だ──
お前は望む力を何に使う──
もう誰も失わないために──
お前に授ける力は常にお前と共にある、このことを肝に銘じておけ──
力が湧いてきた。
今なら何でも出来るという力が。
何かが飛んでくる。
ミサイル……ではない。
それは凄まじいスピードで俺達の目の前へと来ると、俺の前で止まった。
「これは……!」
太陽の光を跳ね返し、キラリと光る黄金の機体。
黒色のマントが風に靡いている。
見間違えるはずがない。
これで会うのは3度目。
ここ数年適応者がただの1人も現れていなかったという、神奈川基地に3機あるオリジナル機のラスト1機。
「戦闘機兵オーディーン……!」




