■ 後 編
(母さんのエプロン姿なんて、いつぶりだろう・・・。)
ミノリと母サキが、ゴトウ家のキッチンに立っている。
そのふたりの背中を、ハヤトはリビングのソファーにもたれて、
ぼんやり眺めていた。
たまにキッチンから流れてくるふたりの楽しそうな笑い声。
母サキのあんな風に笑う声なんか、もう忘れかけていたほどだった。
『あああ!! ミノリちゃん!どうしよどうしよ・・・。』
ガチャガチャとなにやら危なっかしい音に混じって、母サキの呼び掛ける声に
嬉しそうに笑うハヤト。 『 ”ミノリちゃん ”て・・・。』
テーブルの上に置かれた、母サキ作の出汁巻き玉子。
巻かれていない、出汁・・・玉子。
上手に巻くことが出来ず、形が悪いそれに不満気な顔をしているサキ。
まるで子供のように口を尖らせ、ふくれっ面をしている。
(やっぱ、お母さんとハヤトって似てる・・・。)
ミノリが俯いてこっそり笑う。
そして、
『玉子焼き専用フライパンは、使い慣して油を馴染ませないと
巧く巻けないんですよね~』
とやんわりサキを援護した。
その形の悪い出汁巻き玉子に、3人で恐る恐る箸を伸ばす。
『美味しい・・・』 ミノリが笑い、
『ん。 味は悪くない・・・』 ハヤトが若干照れくさそうに、
『ダメ! もうちょっと上手に出来るはず!』 サキは納得いかない顔で、
しかしとても嬉しそうに笑った。
なんだか、
あたたかい時間だった・・・
こんな穏やかな大晦日・・・
ミノリがいてくれただけで、こんな・・・
ミノリを家まで送るハヤト。
もうすっかり日は落ち、コンノ家でも大晦日の夕飯がはじまる時間が
近付いていた。
手をつないで歩く、静かな雪の道。
暗いはずの空は雪の白さが反射して、ほんのり藍色にレースが掛かったように
霞んでいる。
踏みしめるたびに、ギシッ ギシッ 。と雪は軋む音を立てた。
ミノリはサキと買い物に行った時の話を、愉しげにハヤトに話して聞かせた。
ちょっと思い出し笑いをしながら、なんだか嬉しそうに。
『お母さん、ハヤトのことすごく気に掛けてたよ。
・・・ちゃんと、心配してた・・・
もっと普段から色んなこと話したらいいよ。
何が好きかとかも、もっと・・・。』
すると、ぎゅっとつなぐ手に力を込めるハヤト。 立ち止まった。
胸がいっぱいで、苦しくて、でもその何倍もあたたかい。
『ありがとう・・・。』
泣いているのかと思うようなそのハヤトの声色に、ミノリが驚いて振り返ると
ミノリの頬にそっと手をあてて、小さく唇を寄せ、キスをした。
短く触れ合ったふたりの唇から、白い息が寒空に流れて消えた。
12月31日
あと少しで日付が変わり、新年が始まる。
『もしもし・・・ ハヤト?』
つい先ほど別れたばかりのハヤトからの電話にミノリがちょっと驚いて笑った。
時計の針は11時59分を指す。
『今年も一年ありがとう。』
『こちらこそ、ありがとう。』
そして、00分ジャスト。
新年がはじまった。
『今年もよろしく。』
『こちらこそ、よろしく。』
『好きだよ、ミノリ・・・。』
去年の電波越しの ”文字 ”の会話を思い出すふたり。
今年はちゃんと ”言葉 ”を交わしている。
いつかは、年の最後とはじめに、ちゃんと ”顔 ”を見合わせて一緒に
いられるだろうか。
きっと、いや必ず。 一緒にいられる・・・
『わたしも。 大好きだよ、ハヤト・・・。』
電話を終えてリビングに戻ると、母サキがやさしく微笑んで言った。
『ミノリちゃんイイコね・・・
あの子が将来、お嫁さんに来てくれたら、私、嬉しいわ・・・。』
すると、ハヤトが即答した。
『そうなるから、その時はヨロシク。』
母サキが肩をすくめて笑っていた。
その目にはうっすら涙が浮かんでいたが、ハヤトは気付かなかった。
『鯛焼き買ってきてあるのよ。』
『えっ!!! まじで??』
『お茶淹れるから、ふたりで。 食べましょ・・・。』
【おわり】