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■ 中 編

 

 

はじめて目にした自分の家のリビングにいる女の子の姿に、視線は中空を

彷徨う母サキ。


ふと、その落ち着かない目はテーブルの上に出汁巻き玉子を捉えた。

テーブル横に立ったまま上半身を屈め、無言で手を伸ばしそれをひとつ

摘んで口に入れる。

ミノリが目を見開き、固唾を飲んでそれを凝視した。

 

 

 

 『・・・これ、どこの?』

 

 

 

母サキの言う意味が分からず、ミノリはハヤトに助けを求める目を向けた。

『ミノリんち、の。だけど・・・。』 ハヤトが代弁する。

 

 

 

 『ぁ、あの・・・わたしが作ったので、あんまり美味しくな・・・


 『すっっごい美味しいっ!!!』

 

 

 

『ぇ?』 緊張しまくって固まるミノリに、『すごい美味しい!』 を

連発する母サキ。

『どこのお店のかと思ったわ。』 そうまくし立て、次々口に入れてゆく。

 

 

 

 『ちょ! 俺の分なくなるだろっ!!!』

 

 

 

ハヤトがムキになって出汁巻きが入った器を奪おうとするも、

母サキはそれを高級スーツの腕で払いのけて遮り渡さない。


 『せっかく楽しみに残しといたのに!!』


まるで子供の喧嘩ような母と息子の姿。

 

 

 

 『あの、それ・・・ 作るの簡単なんで・・・


  ・・・もしアレだったら、すぐ作れますけど・・・。』

 

 

 

そのミノリの声に、母サキがパっと明るい表情を見せ、言った。

 

 

 

 『私が作るわ! だから、教えてくれない?作り方。』

 

 

 

それは、あまりに自信満々で威風堂々としていて、ハヤトは喉元まで出掛けた

その一言はグっと飲み込んだ。

 

 

 

 

  (母さん・・・ 料理なんて何年やってないと思ってんだよ・・・。)

 

 

 

 

 

 『じゃぁ、ちょっと行って来るから。』

 

 

そう一言いうと、母サキはミノリの腕を半ば強引に掴んで玄関のドアを

出て行った。

ドアが閉まる間際に一瞬見えたミノリの、その強張った顔。

 

 

 

  (ハハハハヤト・・・ 助けて・・・。)

 

 

 

 

 

 

母サキは、突如出汁巻き玉子を自分で作ると言い出し、

しかしここ数年全く料理などしていないゴトウ家のキッチンには、

玉子もなければ玉子焼き専用フライパンも無い。

『なら買いに行きましょう!』 と、ミノリの腕をむんずと掴んだ。


慌てたハヤトが『俺も行く!』 とそれに続いたのだが、母サキはそれを

アッサリ拒絶。



 『クール便が届くから留守番してなさい。』


と言い捨て、ミノリは人身御供となっていた。

 

 

 

大晦日の午後の街。

人々は年越しの買い物は既に終えているようで、どこか穏やかで然程混雑も

していなくちらつく淡雪もやさしく温かく感じる。

 

 

 

 『ごめんね、急に・・・。』

 

 

 

サキから急に出たその声色に驚き、目を向けるミノリ。

先程のハヤトの前でのまくし立てる声色とは全く違う、とてもやわらかい

ものだった。

 

 

『・・・いいえ、全然。』 ミノリが小さく笑う。

 

 

すると、

 

 

 

 『出汁巻き作りたいなんていうのは、口実なの・・・


  あの子とふたりでいるのが、ちょっと気まずくて・・・


  あの子も・・・ 私とふたりは嫌だろうし・・・。』

 

 

そう言って、可笑しそうに寂しそうにサキは笑う。

 

 

『あの子、学校ではどんな感じ?』 普段あまり一緒にいないのでハヤトの

様子など何も分からないサキ。

互いになんとなく避け合っていた為、会話らしい会話もしていなかった。

 

 

 

 『ゴトウ君は、人気者ですよ! 


  カッコいいからすごいモテるし、スポーツもなんでも出来るし・・・


  ・・・ぁ。 スケート以外ですけどね。』

 

 

 

ククク。と思い出し笑いをするミノリ。

ミノリがハヤトの話をする時のやわらかい表情を嬉しそうに横目で見つつ、

サキが続ける。

 

 

 

 『あの子が出汁巻き好きだっていうのも、全く知らなかったわ・・・』

 

 

 『出汁巻きは最近わたしが作るのを、無理やり食べさせてるだけなんで・・・


  元々好きなのかどうかはわかんないんですけど・・・


  ・・・一番好きなのは、鯛焼きですよ。』

 

 

 

そう笑うミノリに、『鯛焼きっ?!』 サキが驚いた声を上げる。

あのぶっきら棒で、殆ど口を利かないハヤトが鯛焼き好きだなんて

全く知らなかった。


先程の、出汁巻き玉子の器を必死に奪い返そうとする息子を思い返す。

 

 

 

 『出汁巻きが好きっていうより、


  ・・・ミノリちゃんのことが、よっぽど好きなのね、あの子・・・。』

 

 

 

サキの言葉に赤くなって言葉に詰まったミノリ。

すると、哀しげな声色でサキは言った。

 

 

 

 『ハヤトの傍にいてあげてね・・・


  私はいないほうが、きっとあの子はいいはずだから・・・。』

 

 

すると、


『そんな事ないと思います。』 ミノリが真っ直ぐサキを見つめて言う。

 

 

 

 『ゴトウ君、すごく寂しがってます。


  言えないだけで・・・ 本音、言えないだけで。 


  絶対寂しがってます・・・。』

 

 

 

サキがそっと目を伏せた。

胸にぐっとこみ上げるものがあったが、なんとか深呼吸をして鎮める。


『ねぇ、訊いてもいい?』 サキがミノリをやさしく見つめた。

 

 

 

 『いつから付き合ってるの?』 

 

 

 『・・・今年の夏のはじめです・・・。』

 

 

 

 

 

 (・・・今年の夏って・・・ 離婚した頃・・・。)

 

 

 

 

 

 『・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・。』

 

 

そのサキの一言は、あまりに小さくて弱弱しくて、まるで泣いているのでは

ないかと思うほど震えていた。

 

 


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