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1/3

■ 前 編

 

 

 『ぉ、お邪魔・・・ します・・・。』

 

 

 

自信なげな、どこか不安感さえ滲むようなその一言に

ハヤトが苦笑いを浮かべた。


ハヤトの自宅マンションの玄関先でしゃがみ込み、脱いだムートンブーツを

几帳面に揃えるミノリの後ろ姿。

そのピーコートの小さな背中を、少し困ったような顔で見つめていた。

 

 

 

 

  (まったく・・・ なんにもしないっての・・・。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・タブン。)

 

 

 

 

今年の大晦日も、ハヤトの母親は仕事が忙しくゆっくり自宅になど

居られそうになかった。

心配したミノリが自宅に誘うも、さすがに気が引けて丁重に断ったハヤト。


すると、ミノリが出汁巻き玉子を作って自宅マンションを訪ねてきた、

大晦日の午後2時。


玄関で出汁巻き玉子が入った器だけ渡して帰ると言い張るミノリを

なんとか引き留める。

付合いはじめてから、クラスは違うものの毎日一緒に帰っていた。

冬休みに入ってからも、会えない日は電話をして、毎日会話をしていた。

 

 

  それでも、

  少しでも、

  一緒にいられるなら、いたい。


  そう思うのは、当たり前のことだ。

  当り前のことに決まっている。


  ただ、少しでも一緒にいたいだけ、なの、に・・・

 

 

 

 

 『ダイジョーブ!ダイジョーブ! ここで平気!平気!!』

 

 

どんな過激な妄想しているのかは知らないが、ミノリは玄関より先に足を

踏み込むことを真っ赤な顔をして必死に拒んでいる。

どれだけ身の潔白を主張しても、その赤い顔はまるで極悪犯罪人を見るような

訝しげな目を向け。

 

 

こうなったら、ハヤトも意地だ。

 

 

 『なーんにもしないって!! 少し一緒にいたいだけだってー!!


  誓う!誓うから、なんにもしないから!! 


  だから、ちょっと上がってってお願い! 


  寂しいよーぅ、大晦日にひとりは寂しいよーぅ! ミーノーリーぃ!!』




玄関先でのすったもんだの後、ハヤト宅のリビングのソファーにミノリが座る。


ソファーの端に。ポツン、と。

逆サイドの端には、ハヤトが。

 

 

 

 『どんだけ信用ないの・・・ 俺。』

 

 

 

少し、いや、かなり落ち込んでいるハヤト。


肘掛けに片肘をついて体をもたれ、チラリ離れて座るミノリへと目をすがめる。

ミノリはクッションを抱きかかえ、赤い顔を半分隠すようにして縮まっている。

 

 

 

 

  (てゆーか・・・ 


   チュウより先はいつまで ”おあずけ ”なの・・・? 地獄・・・。)

 

 

 

 

ミノリが過剰に心配しているような事は ”今日は ”しないけれど、

この先のことを考えて更に落ち込んだ。無意識のうちに小さく溜息がこぼれた。

 

 

すると、そんなハヤトの様子に少し慌てたミノリ。


ソファーから下りてラグに正座すると、布地のトートバックから

器を取り出した。

天然木の艶のある座卓テーブルの上にそれを置いてフタをはずすと

そこにはミノリ特製出汁巻き玉子が。


少しだけハヤトの顔色を伺いながら、ミノリが言う。

 

 

 

 『ハヤトの為だけに、作ったんだよ・・・。』

 

 

 

すると、黄金色のそれに分かり易く機嫌を直したハヤト。

嬉しそうに顔を綻ばせてソファーから飛び降り、ラグに胡坐をかいた。


今回は少し多目に作って持ってきた出汁巻き。

ゆうに3人分はあったはずが、気が付けば一気に半分は食べてしまっている。

 

 

 

 『おせちも少し持ってくれば良かったね・・・。』

 

 

 

豪快な食べっぷりに少し笑いながら呟くと、ハヤトは慌てて箸を置き

食べる手を止めた。

 

 

 

 『少しは残しとかなきゃ・・・ 楽しみ、なくなる。』

 

 

 

なんだか子供のようなハヤトを、愛しげにミノリが目を細めて見つめていた。

 

 

 

 

 

ラグにペタンと座りソファーに背中をもたれて、ふたり。

一人分の妙な空間を作って並んで座る、ふたり。


リビングの壁掛け時計の秒針が、1秒ずつ音を刻む。

互いに意識し過ぎて変な空気になっているのは、火を見るよりも明らかだった。

 

 

ミノリが口火を切る。

 

 

 

 『そろそろ・・・ 帰ろうかな。』

 

 

 

その言葉に、泣きべそをかいているのではないかというほど悲しそうな

顔を向けるハヤト。

『えええ・・・ 来た、ばっかじゃん。』 口を尖らせて、眉根をひそめて。

 

 

 

 『・・・じゃぁ。 もう少し・・・。』

 

 

言うと、ミノリはぷっと吹き出して笑った。

 

 

 

 

ハヤトが愛しくてそっと手を伸ばし、その大きな手をつかんだ。

やさしく握って、ミノリは俯き小さく微笑む。

すると、その大きな手もまた、愛おしそうにしっかり握り返した。


一人分の妙な空間を作ったまま、ふたり。

腕を伸ばして、手と手をつなぎあっていた。

 

 

 

 

 

  バタン。

 

 

 

その時、玄関でドアが開閉する音が鳴った。


驚いて少し体を強張らせ慌ててつないでいた手を離すと、

玄関の方へ目をこらす。

すると、そこにはハヤト母サキの姿が。

高級スーツを身にまとい気怠そうにリビングに進むと、

その目はミノリの姿を捉え立ち止まった。

 

 

 

 

 

 

  三者、暫し声を出せず固まる。

 

 

 

 

 

『ぉぉおお邪魔してます!』 ミノリがせわしなく瞬きをし、会釈をした。

 

 

 

 『ぁ、えーと。学校の。 あの・・・ 


  ・・・コンノ。 コンノ ミノリ、さん・・・。』

 

 

ハヤトのうろたえっぷりも尋常ではない。

 

 

パチパチと瞬きを繰り返していた長いまつ毛の母サキが、動揺して速い鼓動を

必死に鎮めつつ、ゆっくりゆっくり声を絞り出した。

 

 

 

 『・・・い、いらっしゃい・・・。』

 

 

 

3人の間に、なんとも言えない気まずい空気が流れていた。

 

 


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