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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

言の葉

作者: 白狐

フィクションです

 古来より、言葉には力が有ると言われている。皆、何気なく、知らない振りをしながらも、多かれ少なかれ言葉に縛られ生きている。

 そんな古い伝承を、頑なに語り継ぐ小さな村が有った。

 遥か昔、言の葉を操り、村を守り続けた一族は、今では忘れ去られた存在となっていた。一族を祀る社、村の歴史を記した屏風は、埃まみれで放置されている。

 そして今、村は一族の残した言の葉に、目覚めし一族の血に、危機に晒されようとしていた。


『忘れるな。我らに守られし魔が住まう村の者達よ。常にこの村は、言の葉が舞い散る。言の葉を恐れるな。されば救われん』










 村の端に、村では忌み避けられる家が有った。今は忘れ去られた、言の葉を操る一族の末裔である、一人の娘が住んでいる。

 日陰者として、常に息を潜め、本当の意味を忘れた村人の、意味無き嫌みから耐えていた力無き娘。


「気味悪い」

「暗くおぞましい」

「なにしでかすか分からない」

「あんな隅に追いやられたんだ。祖先も碌な奴じゃなかろう」

「どこの馬の骨やら」

「よそ者か?」

「そうかもしれん」


 娘は一人虚空に向かって囁く。


「報いを」


 娘の腹は大きかった。どこの男の子か、誰も分からない。

 娘を助ける者は居ない。

 娘は一人、子を産んだ。双子の元気な男女を。


「愛してる。ずっと。二人はずっと一緒。私みたいに一人じゃない」


 一人だった娘は、産後の病に倒れ、誰にも看取られず亡くなった。

 止まない赤子の泣き声に耐えかねた村人は娘の家に行き、泣き疲れて眠る赤子と事切れた娘を見つける。

 赤子は村の人々に忌み嫌われ、しかし捨て置く事も出来ずに、村に出戻って来た女に託され、娘の家で育てられる事になる。

 娘の文字で、兄をまもる、妹をまこととおくるみに書かれていたのでそう名付けられた。










 双子はすくすく育ち、村の事情で幼稚園に通えないながらも、言葉を良く覚えた。五歳で多少つっかえながらも、大人と話せるようになり、大人達は不気味に思っていた。昔話を連想させるからだ。


『言の葉を操る一族有りて、この村守られん。魔を知る一族の忠告忘れるべからず。魔を察するは一族のみ。一族の言の葉を聞き逃すべからず。一族の言の葉に、全ての答えと力有り』


 村の老人がたまに話す程度の、古くて信憑性のないものだ。

 しかし、その一族に関わりが有るとされた娘が迫害されていた事実が、ひたひたと近寄る影のように、恐怖が村人の心に迫り始めた。

 護が言う


「みんな、いない」


 真が言う


「わたしたちだけ」


 双子を育てていた女が、この発言に恐れをなして逃げ出してしまう。女は直ぐに見付かり事情を聞かれ、結局は双子の元に連れ戻された。

 双子を抑えろと言われた女は、何も出来ずに双子から距離を置き始める。


「なんで?」


 双子は揃って首を傾げる。

 涙を浮かべる妹を、兄はひたすら抱き締めていた。

 子供として甘える相手を失った双子は、ますます大人びてくる。何でも二人で、笑顔で乗り越えていった。

 山から帰った双子は言う


「さびしくないよ。たくさん、おともだちがいるから」

「まもる、おともだち、あっちにいるよ」


 双子は朗らかに笑いながら、草を掻き分け走り出す。人気ない、夕に照らされる木々の向こうに。その先には、社が有る。

 それに気付いた女は、村長の元に急いで向かった。

 日が暮れても無邪気に社で遊ぶ双子を、村長は無理やり社に閉じ込める。


 護が叫ぶ


「まって! なにもしてないよ!」


 真が呟く


「ねえ、あぶないよ?」


 震える妹を抱きかかえ、兄はひたすら助けを待った。

 明朝、村は熊に襲われる。










 双子は小学校にも行けなかった。正確には、村人達が国に存在を知らせなかったのだ。

 社に住まうようになってから、双子は村人を避けて遊ぶようになる。社に残された古めかしく、難しい書物で遊んでいた双子は、村人の井戸端会議や、村人から隠れて村から出た時に仕入れた知識と共に、更に言葉を覚えた。

 正確な年齢も分からないが、大体十歳になった双子は、尚も澄んだ瞳を保ち、笑いながら暮らしていた。


「真、そろそろ帰ろう」

「そうだね。帰れなくなるもんね」


 双子が山から戻り、大人しく社で本を眺めていると、いつの間にか土砂降りになっていた。


「食べ物が落ちてしまう。真、明日は村長からお金を貰おう」

「嫌だ。村長は嫌い。村人はみんな嫌い。言わなくても、くれるじゃない」


 双子を恐れる村人は、少ないながらも食料や服を差し出していた。双子が村の外に行く事に気付いた村長は、最初は外に行かぬよう言い聞かせていたが、何度言っても言うことを聞かぬ双子の……一族の祟りを恐れ、外の人間に疑われないように、渋々ながらも少ない小遣いを渡すようになる。祟りを恐れたのだ。

 しかし、双子は村人の事など、全く気にも止めていなかった。

 信用出来ない大人は無視して、貰ったお金と物品が交換出来る事を、知りたい事を何でも教えてくれる書物で知った双子は、普通に接してくれる村の外の人間に疑問をぶつけ、あれこれ試しながら使い方を学んだ。外の世界が、双子にとっての真実になっていた。


「でも、きっと明日から貰える食料は少ない。お腹空いてしまう」

「仕方ないね」


 護の言う通り、翌日からは食料が少なくなってしまった。連日の大雨で、村の作物が採れず、山に囲まれた村を出るには、雨でぬかるんだ山道を抜けるしかない。双子にあげられる物は、限られていた。

 双子は雨が上がった隙に、なんとか近くの木に実っている木の実を集め、餓えを凌いだ。山遊びで学んだ知恵は、双子を生かす。

 雨が上がっても村の被害が予想以上に大きく、貰える食料は少ない。古書に有る助言通りに、コツコツと事前に貯めていた小銭をかき集め、双子は久しぶりに思いっきり買い物を楽しんだ。


「真、あのお兄さん、優しいな」

「村の人とは大違い。ちゃんと私達の名前も呼んでくれる。護、また行こうね」

「もちろん」


 村の外では、村人とは違って皆気さくに話し掛けてくれた。子供二人で歩いているので気になるのだろう。双子も嬉しくて、様々な人に挨拶をして回った。

 その中でも、最近良く話す青年が居た。話によると、あちらこちらをふらふらしながら、気ままに本を書いているらしい。

 彼は、双子がお母さんのお手伝いで買い物に来ていると思い、双子にご褒美をくれるのだ。ご褒美の飴玉が、双子の一番の楽しみである。

 彼はあつしという。










 淳に会いに、頻繁に村を出る双子に、村長は釘をさした。


「村の外の人間など、何者かも分からん。あまり気を許すな」

「じゃあ、貴方は何者なの?」

「真!」


 真は真っ直ぐ村長を見つめている。

 村長の目がつり上がる。日が高いにも関わらず、護は寒気がした。


「大人の言う事に逆らうな! もう小遣いはやらん!」

「なら、外の人に言ってやる! 知ってるよ。私達は隠されてるんだって。でも、定期的に会う人達は私達を知ってる」

「真、駄目だ!」

「貴方達おかしいよ!」


 早口でまくし立てる真を、護は止める事が出来なかった。

 真は言葉を丸める事が出来ない。思った事を全て言ってしまう。だから、いつも護が止めていたのだ。空気が張り詰めた事を察して護は焦る。


「村を疑うか! 忌み子共が!」


 村長が真を殴ろうとして、間に入った護が真を庇って殴られ真の足元に転がった。顔を両腕で覆って苦痛の息を漏らす。

 慌てて真がしゃがんで護の顔を覗き込んだ。護の苦痛に歪む顔を見て、真は激怒する。


「許さない! 絶対に! こんな村、無くなってしまえ!」


 真の強い語調に、村長が怯む。

 その隙に護が起き上がり真の手をつかんで走り出した。とっさに慣れ親しんだ山を目指してひたすら走る。

 村長が大声で叫びながら追う。村人がその声に気付いて、村長の後を追った。

 沢山の狂気が、必死にもがく双子を嘲笑うようにじわじわと、波のように迫る。

 日頃鍛えている双子の足は速く、また山を知り尽くしていた為に、大人が入りにくい狭い獣道を迷い無く走り抜けてゆく。たちまち大人達は双子を見失った。

 しかし、村人が放った猟犬は双子を逃さない。

 滑るように、木の隙間を縫うように、ひたすら街を目指して逃げる双子は、後ろから迫る獣の息を感じていた。

 犬が登れない木の上に逃げたいが、集まった村人に囲まれてしまうと判断する。

 慣れない恐怖と緊張、なりふり構わない全力疾走に披露から足元を踏み外した真、異変に気付いた護の腕が、傾いた真の体を抱き締めるように支えた。


「……護、ごめんなさい」


 改めて間近に迫った護の顔。眼に映る護の腫れ上がった頬に、真は恐る恐る手を添えて謝った。いつも冷たい護の頬が熱い。

 ぎこちないながらも、護は微笑む。真を安心させようと、眼を柔らかく細めて、引きつる頬をごまかした。


「逃げて真」

「嫌だ」

「お願い。淳を呼んで。もう走れない」


 護の頬はパンパンに腫れ、痛みに視界が歪んでいた。頭も痛いので衝撃が伝わったのかもしれない。得られる食料も限られ、少ない小遣いでは育ち盛り二人を満足には養えず、結果的に他の子供と比べて細く小さい体に育った護には、年老いたとはいえ、畑仕事をし、たっぷり肉も骨も栄養が蓄えられた大人の力には耐えられなかった。吹っ飛ばなかっただけ良かったと言える。反射的に真を背後に押しのけるだけで手一杯だった。

 人一人を守るには、何もかも足りなかった。そう、護は一人悟った。


「待ってるから。大丈夫、休めば治る」

「気休めは要らない」


 足音がする。追っ手の息を感じる。


「早く行け!」


 真は驚いた。初めて護に怒鳴られた。初めて、突き放された。

 無意識に護の腕を掴む。


「二人は一緒だよぅ?」


 泣きそうな顔で真が言う。


「ちゃんと待ってるから。早く行け」


 押されるがままに、真は一歩片割れから離れる。そのまま背中を押され、背中に伝わる護の意思に逆らえなかった。

 護……いつからか、当たり前に兄と認識していた、同じ顔の違う自分と離れる。何故だか、頬が痛かった。気付けば体中が痛かった。どこに居るのかも、地面が有るのかも、分からなくなってしまう。背中に残った護の意思が、真を突き動かした。










 山を出た真は、朦朧とする意識の中、淳を探していた。思えば、住んでいる所を知らない。真は愕然としながら、ようやく護の覚悟を知る。

 それでも、足は止められない。


「真ちゃん?」


 見知ったおばさんの声に、思わず泣き崩れる。泣き崩れた真に、おばさんは慌てて駆け寄って肩を抱き締めた。

 暖かいおばさんの手に、少し力を取り戻した真は精一杯叫んだ。喉が枯れても構わないと、力の限り叫ぶ。


「護が、危ない、の! 淳、知ら、ない? どこ? 早く!」


 弾む息で切実に訴えかける真を見て、おばさんは慌てて人を呼んだ。

 そこで真の意識は途絶える。


『真』


 兄の声が聞こえた気がした。








 

 真が気付けば、初めて入る布団の中だった。


「真ちゃん」

「淳」

「駆けつけるのが遅れてごめん。何が有ったの?」


 淳に半日寝ていたと聞いて、真は飛び起きた。思えば双子はふらりと現れ、ふらりと消えるので、どこから来たのか、どこに行くのか知らない。淳も真の家を知らないのだから、駆けつけようがなかったのだ。


「護危ない。村人達狙ってる。私達殺されてしまう」

「護はどこ!?」


 事の重大さに気付き、今まで家出か喧嘩をしたか、護がやんちゃをしたのかと思っていた淳も焦りだした。まさか、子供が命がけで逃げて来るなんて、思いもしなかった。しかも、村人達とは、つまり複数の大人に狙われている事になる。非現実的で訳が分からない。

 おばさんは何かを感じていたのか、大声で周囲に叫び出した。おばさんに引きずられて来ていたおじさんも、友人を呼び出している。

 ふらふらと真が立ち上がり、歩き出す後を淳と数人の顔見知りが追う。とても冗談だとは思えず、考え過ぎだとも思えない。何故なら、護と真はいつも一緒に居たのだから。片方が居なくならないように、お互いに何度も顔を見合わせていた程に、離れたがらない姿を見ていたから。護が居ないだけで、何か不安を覚える。

 真夜中の暗闇を、真の作った行列が真っ直ぐ進んだ。真夜中にも関わらず、数十人が話を聞いて集まったのは、双子の日頃の挨拶まわりが成した事だった。真っ直ぐな瞳で、何でも楽しそうに、嬉しそうに、仲良く現れる双子に、いつの間にか皆惹かれていたのだろう。そして、本能的に何か危うさを嗅ぎとっていたのかもしれない。










 山を抜けた先は、赤々と大松に照らされていた。

 村人が社の前に集まっている。

 険しい道を、皆に合わせて歩きながら全て説明していた真は、護を探そうと身を乗り出した。しかし、淳に止められる。


「一人は駄目だ。様子がおかしい」


 村人達は、手に何かを持っている。

 男連中が真を囲み、ゆっくりと進む。

 村人達が猟犬の声に一斉に振り向いた。


「余所者か!」

「黙れ爺!」


 真が甲高い声で吠える。

 真を見た村長が眼をギラギラ光らせ、夜の闇より深い闇を顔に張り付け、にんまりと笑った。そして何かを指差してみせる。


「駄目だ真ちゃん!」


 いち早くその何かの正体に気付いた淳が真の目を覆うが、遅かった。


「ま……もる?」


 木にぶら下げられた、物言わぬ護が、大松の明かりに照らされていた。傷だらけの手足が、大松の炎で浮かび上がる。

 真は目を見開いたまま、固まった。


「お前ら、人間か!」


 淳が、双子を慕う者達が、吠える。


「何を当たり前の事を。その化け物を引き渡せ。言の葉を操る忌まわしい一族の生き残りを、絶やさねば」

「今何年だと思っていやがる!」


 時代錯誤な村人達に、街の者が怒り狂って叫びだす。取っ組み合いの喧嘩になりそうになるが、大きな音が人々の動きを止めた。

 大松が倒れている。大松を載せていた金属の柱が、カラカラと転がる。

 いつの間にか移動していた真が、近くに有った燃料の入った容器を持って、無表情に立っている。倒された大松のちろちろと這う炎が、真を淡く照らす。


「許さない」


 ぼそっと呟いた真。そのまま血だらけで襤褸雑巾のように吊された護を、無表情で見上げる。


「待たせてごめんね」


 事切れた護は何も言わない。それでも微かに真は微笑んだ。

 真は満足げに頷く。


「淳、社にね、村の歴史書と、私達の日記が有るの。とってきて」


 それをどうするか、全く分からなかった淳だが、そんな彼より先に真を保護したおばさんが動いた。


「分からんけど、分かった」

「奥にひとまとめに置いて有るから。朱色の棚だよ」


 おばさんに続いて数人が社に入る。

 止めようとする村人を、真の色の無い瞳が貫いた。真は少しだけ、燃料を大松に垂らす。ぼうっと炎が膨らんだ。

 しばらくの睨み合いの後、沢山の書物を抱えたおばさんが戻ってくる。数十冊の書物を抱えては外の石畳に置いたので、小さな山になっている。

 真に言われて、社の物置に有った作物を運ぶ台車に積み上げる。古い書物に混じって、数冊の真新しいノートが乗せられた。

 その間に、手短な木の棒を使って村人を押しのけた淳が、護を木から下ろした。驚く程に、安らかな寝顔だった。


「淳、伝えて。真実を」

「真ちゃん?」


 真は、おもむろに大松に近付くと、一気に燃料をぶちまけた。

 真の服に付いた火を慌てて消す淳。

 特に何も言わず、ぼんやりと炎を眺める真は、涙を流す。ポロポロと、雫が零れるのに、真は無表情だった。

 村人は燃え広がる炎に、わたわたと戸惑い、逃げ惑う。


「おばさん、ありがとう。皆さん、ありがとう。それ、運んで」


 話を聞いて慌てて阻止しようとした村長に、真は足元の石を投げる。続けて手元に少し残った燃料を近くの木に垂らした。炎が燃料を求めて這う。足りないと判断して残った大松の近くの燃料を探し、更に追加する。尚も邪魔する村長には大きめの石をぶん投げると、暗くて見えなかった村長は避けそこね、鈍い音を立て頭に当たる。山遊びで磨いた腕が、こんなところで活かされたと真は苦笑した。

 燃料を撒かれた広場は、村人達と真達の間を炎が遮り赤々と照らされる。


「私の居場所は護の隣。ずっと一緒だよ。ずっとずっと」

「真ちゃん! 護君は君の犠牲は望まないよ!」


 炎の向こうに行こうとした真が淳に顔を向けた時、何かが真の胸元に当たった。真はそのままくずおれる。うずくまる真の下に新しい赤が広がってゆく。

 炎の向こうで、何かを投げた格好の村長が頭から血を流して笑っていた。

 淳が真を抱き上げると、大振りの鎌が深々と突き刺さっている。どう見ても致命傷だった。ここから逃げるには山を越えねばならず、今この場で治療が必要な真は、助からないと、淳は悟る。

 でも諦められないと、抱き上げ歩き出そうとするが、真が首を横に振った。


「淳、ありがとう。大好きだよ」


 か細い声で、血を吐きながらも、しっかりと淳の眼を見て言う。


「もう、疲れた。あとは任せるね」


 炎の向こうから狂ったように笑う声が聞こえる。そんなもの聞かせたくないと、淳は山の木々の元まで移動した。


「護も、大好きだった。淳、夢叶うと良いね」


 淳は涙を流す。痛いだろうに、苦しいだろうに、他人の自分の幸せを願う、こんな優しい子が何故死なねばならないのか。

 真っ赤に染まった真の胸元に、淳の透明の雫が零れる。少し、赤が薄まった。

 おばさんが護の亡骸を、真の横に横たえた。真は嬉しそうに、手探りで見つけた護の手を握る。もう目があまり見えていないのか、頑張って皆の顔を見ようと目に力を入れて細める。


「ま、もる……ふたり、っきり、じゃ、なく、なった、ね。し、あわせ、だね」


 ありがとう、と口だけ動かして、真は目を閉じた。護と真は、少し笑っているように見えた。

 街の人々は、二人と託された書物を抱えて、何かに捕らわれた、忌まわしい村から脱出する。

 村には、炎が轟々と迫っていた。










 火が消えた村では、生き残った村人達が酒盛りをしている。幸いにも死傷者は出なかった。


「我々は勝った! 魔に勝った!」


 頭に包帯を巻いた村長が笑う。

 沢山の大人達が村長を誉め、笑いながら酒を飲んでいた。

 しかし、子供達は違う。


「子供達も食え! お菓子も有るぞ! 今日は祭りだ!」


 子供達は恐る恐る、お菓子を食べる。


「一族から解放された。目出度い!」

「食え食え。火が怖かったか? 魔の双子のせいだ。まあ、もう心配ない」

「不安になるな。火は消えた」

「さあさあ、今日は農作業も休み。存分に遊べ」

「ジュースも有るぞ!」


 大人達は楽しそうにはしゃぐ。

 子供達の暗い顔には気付かずに。

 丸1日はしゃいで、グダグダになった大人達は、燃え尽きた社を見ては、嬉しそうに笑い、双子の最後の抗いを茶化しては、猟犬を褒め称え、肉を与えた。

 そんな大人達を、少し離れた場所から冷ややかに見つめている子供達は、あの赤々とした夜の、痛々しい亡骸と、同じ年頃の女の子の何かを諦めた目を、遠くからしっかりと見ていた。

 そして、外の学校に通う子供達には、村の大人達の異常性に気付いていた。


「……なんにも終わっていないよ?」


 一人の女の子が小さく呟いた。

 それを聞いた母が、子を張り倒す。沢山の大人達が、女の子に怒鳴り散らしす。

 子供達は怯え、一カ所に集まる。


「みんな、変だよ」


 一人の男の子がたまらず呟いた。

 村長の投げたコップが、男の子の頭に当たって砕ける。

 子供達と、何かを恐れる大人達が争い合い、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。










 この日から間もなくして、この村は地図から消えた。沢山の子供達が被害に合い、今も苦しんでいるらしい。

 人々は言う


『あれはまさに、魔を宿す生き物。魔を宿さない純粋な子供だけ、人間だった』










~~~~~~~


 言の葉のあとがき


 私が知っているのは少ないけれど、ちゃんと伝わったかな?

 日記も参考に、書いてみました。伝わらなかったら、怒られるなぁ。


 あの忌まわしい事件について伝えなければと、私は今筆をとった訳ですが、もうちょっと掘り下げます。


 最初に言いたいのは、双子はただ何処にでも居る子供だった事。護はとても大人しく冷静、真は少し落ち着きがなく感情的、かわいい子達だった。

 そして、伝えなければいけないのは、一番恐ろしいのは人だという事。

 最初に言いたいのは、双子はただ何処にでも居る子供だった事。護はとても大人しく冷静、真は少し落ち着きがなく感情的、かわいい子達だった。

 そして、伝えなければいけないのは、一番恐ろしいのは人だという事。

 目に見えない、恐いものは確かに有ると思う。代表としていうなら……私達の使う言葉。紙に書くのではない、ポロッと口にする言葉だ。

 双子の日記が有るので、少し書かせてもらう。


『だれもいない、と小さい時に言った。そして本当に誰もいなくなった。村人は、深読みしたのだろう。ただ、父と母が居ないのは、村では私達だけだったから、不思議に思っただけなのだけど』


 思い込み、恐怖心も見えないものだと言える。双子は最初から、思い込みの眼鏡越しに見られていたから、辛かっただろうと思う。


『友達が居る。動物や木や風、自然の事だったけれど、今になってみれば、不気味だよね。そういえばあの時、熊が近くに居る事、早く言えば良かったな。怪我人が出たらしいから』


 双子は山で遊んでいたから、自然と馴染んでいたようだ。案内する時も、危ない生き物が居ると教えてくれた。とても逞しく育っていたのだ。

 雨が降る前に教えてくれた事も有ったけれど、慣れれば分かると言っていた。

 何でも良く学び、良く実践する、とても賢い子達だったよ。

 このように、双子は目に見えないものもちゃんと見ようとして、学び、危険なものから遠ざかっていた。

 村人達がそれに気付いて、ちゃんと聞いてあげていれば、その知恵で助けて貰えたのだろうね。

 古書にはこう書いてある


『移住した民が争いだした。知恵有る者を送り、その者の領地とす』


 山を切り崩した村では、小さな争いが耐えなかったみたいだ。身内同志でも争いが有り、酷いものだったみたいだね。

 知恵有る者が、後々言の葉を操る一族と言われるようになる。

 彼らが収める事で、泥沼の争いが終わったらしい。

 一族の書記には


『魔は人の内に有り』


 その一文が大きく書いてある。一族の人々は皆聡明で、人の内側の変化に気付ける人達だったのかもしれない。

 そう、見えない才能だから、村人達は怖がったけれど、ただ賢かっただけなんだ。今でも、頭良すぎて恐い、なんてたまに聞く気がするな。

 人は見えないものが恐い。

 だから、人が一番恐いかもしれない。分からない事だらけだからね。

 少なくとも、私はその恐ろしさを目の前で見たよ。


 さて、担当が五月蝿いから、そろそろ終わるね。

 あとがきって文字数に余裕ないや。


 双子は今、ちゃんと二人で小さいけどお墓に眠っています。位牌は今、隣に有るんだ。見守って欲しいからね。




私、淳じゃないですからね!

架空の人ですから!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 村人の理不尽な偏見や迷妄がよく書けていて、読んでいて厭な気分になれました(褒め言葉)。 [気になる点] 文章は読みやすいのですが、双子の感情や生い立ち、村と街の人との関係等、説明不足な感が…
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