99話 報酬
普通の物とも、異常種と呼ばれる魔物の物とも、守護者の物とも全く違う金色に輝く魔石。
それをアカムが拾い上げたところでパチパチと乾いた音が大広間に響く。
その音にアカムが視線を移せば、手を叩き、笑みを浮かべながら歩いてくる自称超常の存在であるレイの姿があった。
「いやあ、随分面白いもんが見れた。まさか残る生身の部分も機械化するとは……まあそうなったら面白いだろうなって期待はしていたが」
「性格の悪いやつだ」
まるで今までのアカムの戦いが余興でしかないかのように軽く言葉をかけてくるレイに声を返す。
アカムの言葉にもさして気を悪くする様子も無く肩を竦めるばかり。
「まあ、態度が軽いのは許してくれ。そういう性格なんだ。ともかく――」
変わらず軽い調子で謝り、それからレイは少し真剣な表情を作る。
「――異界迷宮の完全制覇、おめでとう」
「……ああ、ありがとよ。あんたが障壁を何とかしてくれたおかげだ」
その言葉は心から祝したものであると何となく伝わってきてそれを受けたアカムは素直に礼を言った。
同時に本当に迷宮を完全制覇したのだと実感し強い達成感が湧き上がってきて思わず大声を出してしまいたい衝動に襲われていたが、アカムはそれを気合いを入れて抑えた。
そんなアカムの様子を窺っていたレイがさらに話を続ける。
「さて、史上初の異界迷宮完全制覇者には報酬だか褒賞だか、とにかく何かしらの見返りが与えられる。本来、それを渡す役回りは俺じゃないんだが、まあ面白そうだからってのと、丁度ここにいて面倒がないからってことで俺からそれを渡すことになった」
「はあ?」
「とはいっても予め決まっている候補というのがあるから、その中から選んでもらうだけで俺が特別何かするわけでもないんだがな。ってことで選べ」
突然報酬がどうのと言われて戸惑うアカムの反応も無視してレイは話を進め、一枚の紙を渡してきた。
戸惑いながらも大筋は理解し、渡された紙にはその報酬としてもらえる物が書いてあるのだろうと渡された紙に目を通す。
「……この迷宮ってのは?」
「この異界迷宮をお前の物にして出てくる魔物だとかなんだとかを好きに設定する権利。ただし迷宮の主となり迷宮外に出られなくなる」
「……そんなものを望む奴なんているのか?」
「世の中酔狂な奴は一定数いるもんだからな」
その一番上に書かれていた単語を見て驚いたような、呆れたような表情を浮かべアカムが確認を取れば簡潔に説明され、その説明からどうにも報酬とやらの規模を侮っていたことを自覚する。
もっとも迷宮が一際異彩を放っている報酬なだけで他の物はまだマシなレベルではあった。
マシとは言っても、振れば都市一つを滅ぼすほどの光線を無制限に放てる剣だとか戦争の種にもなりかねない代物ばかりだが。
そんなとんでもない品々がその簡単な説明と共にびっしりと書かれている。
とはいえ、迷宮を制覇した今特に戦う理由も無く、そもそも片手半剣と機械化した自身の身体があれば不足はないため様々な武器や防具は報酬から外すことにしてそれ以外に目を通していくことにした。
そうしてたっぷり30分ほどかけてリストの9割に目を通したアカムはある程度候補を決めつつ残りの物にも目を通す。
ちなみにとりあえず選んだ候補は世界中どこでも好きなところへ転移できる次元の扉とありとあらゆる病気や怪我を一瞬で治してしまう完全治癒の秘薬十錠の二つだ。
このまま特にめぼしい物も無ければこの二つから選ぼうとアカムは考えている。
「これは?」
「ああ、それか。それはな――」
最後の最後に気になるモノを見つけ首を傾げたアカムはそれに対するレイからの説明を聞くと即答でそれにすると答え、それを受け取った。
「んじゃ、やることもやったし俺はこの辺でさよなら」
「ああ、色々助かった」
報酬をアカムに渡してすぐ別れの言葉を告げるとレイは早々に雷の柱を生み出し、消えていった。
まるでそれまでが夢か幻かのようにあっという間に消えたレイに、本当に夢だったのではと思ってしまうが金色の魔石と、レイに貰ったモノ。そして完全に機械の身体になってしまった自身が夢ではないと告げている。
「……帰るか」
「地上に戻ったらその時はまたひと騒動ありそうですけどね」
「……魔石をギルドへ持ってくのは別の日にするか」
感傷も程ほどに地上へ、イルミアの待つ家に帰ろうとしたところでアイシスに言われた言葉に顔を顰めた。
とりあえず迷宮の主を倒したとかの報告は別の日にしてひとまず逃避することにしてアカムは地上へと帰り、その後特に何事も無く家へと帰宅した。
家に着いたのは日が真上よりを少し通り過ぎた程度。
百階層に挑んだのは日が昇ってすぐだったので、それなりに長い間マキナと戦っていたことになる。
アカムは少し感慨深げに自分の家を見て、その扉を開く。
中へと入り、そのまま奥へと脚を進めていく。
「おかえりなさい」
「ああ……ただいま」
玄関を開けた音にもしかしたらと思っていたのか、部屋の入り口を向いていたイルミアがいて、嬉しそうに微笑みながら挨拶してきた。
アカムも少し気恥ずかしそうにしながらもそれに応えた。
それから少し黙り込み悩む様子を見せてからアカムは服を脱ぎだす。
別に変な意味はなく、己の現状を示すのにもっとも容易な方法を取っただけだ。
「……完全に無事にとはいかなかった」
「そう……ついに全身が……」
服を脱いだアカムの姿はまるで全身鎧を身に着けているかのような様相で、アカムの様子とこれまでの事柄から全身が機械化したのだという事実をイルミアも悟る。
「さすがに……全部が機械の身体にってのは驚いたけど……けど生きて帰ってきてくれたわね」
「約束だったからな。……ありがとう。こうして生きて帰って来れたのはイルミア、お前のおかげだ」
その姿に少しだけ寂しそうな表情を見せたが、それもほんの少しの間のことでイルミアは生きて帰ってきたことを喜び祝福する。
そんなイルミアに照れくさそうにしながらも至極真面目な様子で礼を言ったアカムに感極まってかイルミアが駆け寄ってきて抱き付いた。
「おいおい、あんまり急に動くなよ」
「仕方ないじゃない……ほんとに……心配したんだから」
先ほどまでの態度はやはり強がり出会ったのか、抱き付いてきたイルミアは肩を震わしながら泣いていた。
結局泣かしてしまったことに酷く憂鬱になるが、泣きながら抱き付いてきたイルミアの温かさを感じていた。
その温かさが、体は機械になっても確かに生きているんだと実感させアカムはイルミアを優しく、それでいて力強く抱き返す。
「なあ……こんなになっても好きでいてくれるか?」
「当然じゃない。どんなになってもどんな姿になっても私はあなたが好き」
「ありがとう……実は一緒に使ってほしいものがあるんだ」
それから少しの不安を表に出して問いかける。
その問いにイルミアは間も挟まず即答で答え強い視線で見上げ、アカムと視線を合わせる。
その言葉に、その目に嘘は全く感じられなくて嬉しさからか胸の奥にある核が少し熱くなる。
それから少し身体を離してあるものを取り出す。
「それは?」
「迷宮を完全制覇の報酬で手に入れた……『永遠の契』っていう代物だ」
「永遠の契?」
「これを二人で握って今後永遠に伴にいたいと願いを立ててそれが本当に本心だったら契約は成立。二人は永遠に伴にいられるっていう代物だ」
それは星を詰め込んだかのように無数の光が閉じ込められた黒い石のようなものだった。
永遠の契と呼ばれるその石の説明を聞いてイルミアは首を傾げる。
言っていることはなんとなく分かる。
だが、そんなものなかろうとイルミアは別れるつもりなど毛頭ない。
全身が機械の身体になったからと言って嫌いになるわけがない。
だからこそイルミアにはそれが必要なのかと思わずにはいられなかった。
むしろそんな道具を使わないと一緒にいられない程度のものなのかと不安になって嫌になる。
だからこそイルミアは首を傾げ少し不満気な表情を見せていた。
「魂ってのは死んだ後、色々処理をされてから生まれ変わるらしい。その際にどう生まれ変わるか何に生まれ変わるかってのは本来決められないそうだ」
「突然なによ?」
「それで、永遠の契の契約が履行されるのはお互いが死んだ後のことだ。だからお互い生きている間はその契約はなんの意味もなさないんだが……」
「面倒ね……回りくどく言わないでハッキリ言いなさい」
だが、そんなイルミアの様子に付け加えられてきた更なる説明を聞くとどうにも話が違うらしいことに気付く。
それでも何が言いたいのかいまいち分からず、じれったくてさっさと本題を言えとイルミアは睨む。
「……生まれ変わるだとかよく分かんねえけど俺は死んだ後の世界がずっとお前と一緒にいたい、傍にいて欲しい。これを使えばそれが叶う。だから一緒にこれを使って欲しい」
「……えっと……死後も一緒にいる……その為に……?」
「ああ」
聞いたこともないような話にイルミアも理解が遅れるが、徐々にそれを理解してぽつぽつと聞き返せば真剣な表情でアカムは頷く。
その言葉が、その姿がイルミアの心を決めた。
なぜそれを知っているのかとかどうしてこの黒い石にそんな効果をあることが分かるのかと色々疑問はあるが、イルミアはそれを聞くことも無く答えを決めた。
アカムの言いたいことを理解したイルミアは無言で『永遠の契』を持つアカムの手に自身の手を重ねる。
「私はあなたと永遠に伴にいることを願うわ」
「っ! 俺もお前と永遠に伴にいることを願う」
そして強い意思をその目に込めながらアカムを真っ直ぐ見つめてそう宣言する。
何も言わずに突然そう宣言したイルミアに軽く驚くが、アカムもイルミアの手を離さないように握ってから同じように宣言した。
その瞬間『永遠の契』は砕け、二人の指の間から無数の光が飛び出した。
その無数の光は二人を祝福するようかのように頭上から雪のように降り注ぐとしばらくして溶けるように消えさった。
それを見て二人は契約が成立したことを悟り、互いに笑みを浮かべ抱擁を交わしたのだった。